泣いたラプンツェル‐08 

「リュウラセンの塔!?どういうことだ……」

仮面の下で険しい表情をしているであろうジムリーダーが、わたしの方を見る。多分、初対面だと思うんだけれど、なんとなく、見覚えがあるような気もする。これだけ見た目のインパクトがあるから、一度会ったら忘れないはずなんだけどなあ。

「ジムリーダーのハチクだ。きみは……きみたちは?」

各々簡単に自己紹介を済ませ、本題に入る。
リュウラセンの塔は、イッシュの国ができる、遥か昔からそびえたっている塔なのだという。最上階では、伝説のポケモンが真実を追い求める人間が現れるのを待っていた、という言い伝えがあるのだと、ハチクさんは教えてくれた。

「あの塔に入った人間がいるというのは聞いたことがない。入口が見当たらなくてね。詳しいことは何ひとつ分かっていないんだ」

ハチクさんは、何かわたしに聞きたそうにしていたけれど、ついて来てほしいとだけ言って、歩き出した。これからリュウラセンの塔に向かうのだろう。
メンドーだな、と言いつつチェレンと、それからベルもついてくる。

「Nと、何かあったのか?」
「うーん、目をつけられているような気はする、かな」

わたしの返答に、チェレンは顔をしかめた。また、メンドーだな、と呟く。

ハチクさんは、リュウラセンの塔に伝説のポケモンがいると言っていた。Nは伝説のポケモンを探しているようだったし、それでリュウラセンの塔を目指したというのは自然なことなのだろう。

でも、どうしてゲーチスはわたしを呼んだのだろう。わたしがNに協力すると思っているのだろうか。それとも、内心わたしのことをひどく敵視していて、排除したいと考えているのだろうか。後者のような気がする。
……Nが何を考えているのかは、分からないけれど。

原型に戻っている琳太を抱き上げて、寒空の下、ハチクさんのあとをついていく。
道中、ハチクさんはやっぱりわたしに何か言いたげな顔をしていた気がするけれど、何も聞いてこなかった。リュウラセンの塔に向かうことを最優先事項にしたのだろう。この件が落ち着いたら、根掘り葉掘りいろいろなことを聞かれそうだ……。

どこから説明したものか。ポケモンの言葉が聞こえるところから?それとも、そこは話さずに、カラクサタウンでのNとの出会いから?

ジムリーダーなのだから、ある程度信頼はできるだろうし、全部話してしまってもいいような気はするけれど、何となく、洗いざらい話してしまうことは気が引けた。
特別感とか、優越感とか、そういうものは一切なくて、ただ単純に、自分が他の人とは違うところをまざまざと見せつけられてしまうような気がしたのだ。

じん、と左目が熱を持った感覚。ゆるゆると首を振って、気持ちを切り替えた。ゆらいじゃだめだ。ゆらげばまた、見えなくなってしまう。

街のはずれ、草むらを抜けて、木々の間をすり抜けるようにして開けた場所に出てきたところで、てっぺんが見えないほどに高くそびえたつ塔が、目の前に現れた。

高さのわりに細身なシルエットのそれは、堅牢な石造りの塔で、ぽっかりと穴が開いていた。入口と言うにはあまりにも歪で、まるで内側から食い破られているかのようだった。眺めている間にも、ぱらぱらと細かく砕けた壁の破片が落ちているのが見て取れる。

水の中から生えているような塔の穴まで、塔とは材質の異なる橋が掛けられていた。ぱっと見ただけでも、急ごしらえのものだと分かる。

「っ!」

息を呑んだハチクさんが、突然駆けだす。
続いてチェレンも飛び出して行く。後を追おうとしたところで、後ろから知らない男の声がして、反射的に身構えた。

「おお、ベルと……リサか?」
「あっ、アララギさん?」

ベルはこの人を知っているらしい。プラズマ団の服ではないことにほっとしつつ、飛び出そうとしていた足を止める。
アララギ博士のお父さんだ。彼はリュウラセンの塔の周辺をたまたま調査していて、ここでの異変に気付いたのだと説明してくれた。

「あいつら、入口がないからといって壁を爆破して入っていきおった!」

あの塔には入口がない、とハチクさんは言っていた。あの入口が無理やりにこじ開けられたものだと見た瞬間に分かったから、血相を変えて塔の中に飛び込んでいったんだ。

ベルは、引き続きこの周辺を調査する予定でいたアララギさんのボディーガードを申し出た。その方がいいとわたしも思う。ポケモンを連れていないようだし、この近くに待機しているプラズマ団がいないとも限らない。

わたしは、呼ばれているから行かないと。

「プラズマ団が何を狙っているのかは知らんが、気を付けてくれよ」
「はい!」

止めていた足を再び動かして、足早に塔を目指す。

伝説の、ポケモン。 噂話程度にしか聞きかじったことのない存在だけれど、本当に、そんなポケモンが存在するのだろうか。おとぎ話や昔話に出てくる、鬼や妖怪、あるいは神さまみたいに、本当は存在していないけれど、みんなが当たり前に知っているような、空想上の存在じゃないんだろうか。

「はなちゃん、神さまって、いると思う?」
「……いるんじゃねえか?」

鼻で笑い飛ばされるかと思ったのに、意外とまじめなトーンで答えが返ってきた。
視線をはなちゃんに向けると、また彼は口を開く。

「だって、お前をここに連れてきたのも、どっか別の世界に飛ばしたのも、神さまだったんじゃないのか?」
「あ……そっ、か」

わたしからしてみれば、この世界の”ポケモン”という生き物は、不可能なんてないんじゃないかっていうぐらいに不思議な力をいっぱい持っている。けれど、はなちゃんの言うとおり、世界と世界を往来できるような存在となると、また別格の存在になってくるのだろう。

泉雅さんって、神さま、なのかな。燐架さんは、泉雅さんに協力している、もしくは仕えているような感じだったし、泉雅さんは自らのことを黄泉の王だと言っていた。

「サツキがな、」

唐突にきょうだいの名前が出てきて面食らう。なんでもない世間話のように、けれど、歩く速さは緩めずに。さくさくと背の短い草を踏んで進んでいく中で、はなちゃんの低い声は、あまり大きくはないはずなのに、よく通った。

「さっきのお前と全く同じことを聞いてきたことが、あるんだよ」
「そうなの!?」
「ああ。俺がそんなの知るかって言ったら、あいつ、言ったんだ。僕は神さまに選ばれた人を知っている、ってな」

それが誰の事かは教えてもらえなかったけど、とはなちゃんはつけ足した。言外に、それはきっと、わたしのことだったのだと言いたいのだろう。

「選ばれたっていう自覚はないけどなあ……」

それこそ、もしもわたしがポケモンの姿で生まれてきて、サツキと一緒にこちらの世界で育っていたとしたら。きっと、神さまとは縁もゆかりもないままに日々を過ごしていたことだろう。

「ま、なんにせよ、”有り得ない”かどうかは自分の目で見てみるしかねえってことだな」

”伝説”なんだから本当にいるかなんてわからない。けれど、ひとたび目にしてしまえば、それは否応なく”真実”へと形を変える。
目で見て、聞いて、存在を肌で感じて。

案外、神さまは近くにいるのかもしれない、と思うのだった。

 22. 泣いたラプンツェル Fin.

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