泣いたラプンツェル‐07 

外は自然と吐いた息が白くなってしまうほど寒かった。晴れているせいで、余計に冷え込んでいるらしい。

ジョーイさんにタマゴを診てもらったところ、元気ではあるけれども、生まれるまでにはあともう少し時間が必要とのことだった。はなちゃんの見立ては合っていたのだ。やっぱり慣れてるんだろうな、はなちゃん。

生まれたばかりのポケモンをどう世話したらいいのか分からないというと、ジョーイさんは手のひらサイズのパンフレットをくれた。イラスト付きで生まれたばかりのポケモンへの対応や、必要な道具などの説明が記載されていた。ありがたく受け取って、孵卵器のすぐ近くに入れておく。

昨日も思ったけど、今の服装のままだとちょっと、いや、かなり寒い。取り急ぎ、まずは服を調達しようと思ってそのことをみんなに言うと、また風邪を引かれても困るということでそれが最優先事項ということになった。

こういうとき、女の子がいてくれたらいいのになあ、なんて思いながらお店までの道を歩いていると、わたしの願いが通じたのだろうか、後ろから聞き慣れた声に名前を呼ばれた。

「ベル!」
「やっほーリサ!」

淡い金髪を揺らしながら、ベルが駆けてくる。彼女はどうやら、街のはずれにある湿原まで足を延ばしていたらしい。

「でもねえ、地面がぬかるんでて濡れちゃうし、すごく寒いし、結局すぐに引き返してきちゃったんだあ」
「そうなの?」
「あ、でもでも!初めて見るポケモンもいたのー!」

お互いに図鑑を見せ合いながら、ここでああいうポケモンに出会った、ここの洞窟で拾った石がきれいだった、などと話しているうちに、目的の店までたどり着いてしまった。

わたしが事情を話すと、ベルも付き合うと言ってくれたので、2人で楽しいショッピングの始まりだ。こういうことは本当に久しぶりで、とてもわくわくしてしまう。なんかこう、わたしって女の子だったんだなあ、って感じ。
思わずそれが口に出ていたようで、ベルに笑われてしまった。

あれが気になる、これが似合いそう、と2人で服を選んでいるだけで1日潰れてしまいそうだ。そういうわけにもいかないので、なるべく手早く服を調達していく。
厚手のタイツに、歩きやすいショートブーツ、それから、コートも忘れずに。
マフラーを購入するかどうかで少し悩んだけれど、胸元につけている霊界の布が、広げると結構大きくなることに気づいたので、これを首に巻いておこうと思った。どうしてかは分からないけれど、この布に触れていると安心するんだよね。

買い物を終えて、すぐに着替える。今まで来ていた服は、なんで気付かなかったんだろうっていうぐらい、あちこちがボロボロで、汚れていた。がんばったんだなあ、わたしも、服も。そう思うと感慨深い。
心機一転、暖かい服に身を包んだわたしは、その足でセッカジムへと歩を進めた。

ベルは、長靴を購入して、もう一度湿原に挑むのだと言っていた。湿原に行くにはジムの前を通りがかるから、途中までは一緒に。
わたしも後で行ってみようかな。湿原って言葉は聞いたことがあるけれど、実際どういうところなのか見たことがない。草原や原っぱとどう違うんだろう。

「お、もしかして終わったのか?」

うんと伸びをして、だるそうな目ではなちゃんが問いかけてくる。頃合いを見計らって出てきたんだろう。待たせてごめんね、と言えば、まあそんなもんだろ、というような返事が返ってきた。よく分かっていらっしゃる。

「ジム行く?」
「うん、行こうか」

続いて飛び出した琳太に手を取られ、うなずく。琳太はベルに小さく手を振っていた。ベルはにこにこして琳太を眺めていたけれど、すぐに琳太はふい、とわたしの方に顔をそらしたのだった。結構人見知りだよね、琳太。

服が暖かいから、露出している顔に当たる風の冷たさが際立つ。琳太は大丈夫だろうか。ドラゴンタイプって氷タイプに弱いから、寒さにも弱いイメージがある。

「琳太、寒くない?」
「ん〜大丈夫!」

ポンチョが結構暖かいのだろう。朱の差した頬を緩めて笑う琳太を見て、自然とわたしの顔も緩む。

ジムの前までやってきたとき、これまた見慣れた後姿を見かけて、思わず声を掛けていた。わたしが声を掛けるよりも早く、ベルが駆けだす。ああ、転ばないか心配だ。

「ああ、ベル、それに、リサか」

彼の思い詰めたような表情に、自然と足が止まる。ジムを前にしているから、気合を入れているのだろうかとも思ったが、それとは少し、違うような気がした。決意を固めているというよりは、悩んでいるという表情に見えたのだ。

「カノコタウンを旅立ってから、ぼくは……何が変わった?」
「チェレン?」
「何をしたいのか、何をすべきか、考えようとして。自分と向き合ったら、何もないように思えて……ぼくは、本当に強くなったのか、それとも、ポケモンが強くなっただけなのか、よく、分からなくなった」

わたしが抱えたことのない類のものだったけれど、でも、チェレンが悩んでいることを知って、安心してしまう自分がいた。みんな、悩むことだってあるんだ、って。

チェレンが強さを追い求めていることは知っていた。そのひたむきさを羨ましいと思うこともあった。けれど、その心の裡にも、やわらかくてもろいものが隠れていたらしい。

強くなりたい、と思ったことはない。力不足を嘆くことはあっても、それを補うだけの強ささえ手に入れば、それでいいと思っている。だから、チェレンがどうして強くなりたいのかは分からないし、彼の悩みに共感できるわけでもない。ただ、聞くことしかできないのだ。話すだけで気が楽になる人もいるだろうけれど、この場合の彼は、明確な答えを欲しがっているようだった。

何と答えるか考えあぐねていると、わたしよりも早く、ベルがいつもの調子で口を開いた。せっかく3人そろったんだから、もっと楽しい話をしようって。わたしは、ベルのこういうところが好きだ。
いつも通りのベルを見て、少し眉間のしわの数が減ったチェレンにホッとする。

そういえば、ここはジムの前なわけだけれど。もしかしなくても、チェレンはこれからセッカジムに挑戦するつもりだったのだろうか。だったら時間をずらしてから訪れた方がいいだろう。

「チェレン、これからジム戦?」
「そのつもりだったけれど、もう少し鍛えてからにするよ」

暗に「お先にどうぞ」と言われ、それではお言葉に甘えてと思っていたら、ジムの扉が内側から開いた。冷風が一気にわたしの身体を叩いて通り過ぎていく。……中の方が、寒い?

どういうことかと思って中を除く前に、視界に飛び込んできた人物へと視線が吸い寄せられる。背の高い、着物と同じ青色の仮面をつけた男だった。
不審者にしか見えない、と思ったけれど、不思議とそういった危うい気配は感じられない。むしろ、凛としていて、風格があると言ってもいいくらいだった。

「……誰だ?」
「え?」

仮面のせいで表情はよく見えないが、明らかに神経をとがらせている声音だった。自然とその場に棒立ちになる。

「誰って、あたしはベル。こっちは……」
「いるのは分かっている。姿を見せたらどうだ?」

まるで会話がかみ合っていない。この男はいったい誰と話をしているのだ。
わたしたち3人のうち、誰とも交わらない視線。冷気に包まれてなお、震えることのない身体と、鋭い声。はだけている着物から除く肉体は、素人目に見てもしなやかで、よく鍛えられていることが分かる。
この人は、誰なんだろう。

「……流石はセッカのジムリーダー」

その疑問に答えたのは、わたしの真後ろで響く低い声だった。
硬直していた身体が動くよりも一瞬早く、はなちゃんがわたしを引き寄せた。ぐるん、と身体が回転して、わたしの真後ろに立っている存在を目にする。いつの間に、いたのだろう。

「影の存在である我ら、ダークトリニティに気づくとはな」

わたしたちを囲むようにして、3人の背格好が全く同じ男が立っていた。かげぶんしんでもしたのではないかというほどにそっくりな彼らは、表情ひとつ変えずに感情をにじませない声で話す。
セッカのジムリーダーと呼ばれた青い服の男が、わたしたちをかばうように、1歩前に出る。

「お前だけに伝えるつもりだったが、まあ、いい」

そう言って、正面にいる男がわたしを見る。わたしがびくりと肩を跳ねさせるのと、琳太が原型に戻って飛びかかるのは、ほぼ同時だった。

「琳太!」

がちん、と空気だけを噛んだ音がして、その一瞬後、正面にいたはずの男は、わたしの真後ろにいた。

「ゲーチス様からの伝言だ。リュウラセンの塔に来い」
「……そこでN様が、お前を待っておられる」

しかと、伝えたぞ。

何もすることができずにいたわたしたちを残して、ダークトリニティは煙のように消えてしまった。幻だったんじゃないかってぐらいに、瞬きの間の出来事だった。

「は、はなちゃん、痛い……」
「!……あ、ああ、悪い。大丈夫か?」
「うん」

はなちゃんはわたしの腕を、手のひらが真っ白になるくらい強くつかんでいた。結構長いことそうしていたのか、ややしびれたような感覚と、それから、解放されたときのじんわりと血が巡っていくような感覚に安堵する。




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