のこされしもののうた‐07 

久々に胃袋を満たしたら、お腹が重たくなった気がする。ネギとショウガのたっぷり入ったうどんは、身体を芯から温めてくれた。
リラックスしたら、少し眠たくなってきた……というところで、部屋のドアがノックされる。慌ててどうぞ、と声を出すと、静かにドアが開いて、九十九が顔をのぞかせた。その頭数個分下には、琳太の顔もある。

わたしはハッとしてサツキの顔を見た。この、ぽっかり穴の開いた虚ろな目を見られてしまうのが怖かったのだ。
わたしの心情を察したサツキは、それでも、大丈夫というふうにうなずいた。だからわたしは、ためらいながらも、小さくうなずいて、ドアの方に再度視線を移した。

トーテムポールみたいにしていた2人は、わたしが見つめているのに気づいて、身体を部屋の中へと滑り込ませてくる。
琳太は弾むようにやってきて、今にもベッドへとダイブしてきそうな様子だったけれど、住んでのところで踏みとどまって、そっと私に両手を伸ばしてきた。迎え入れるように、わたしも腕を伸ばしてゆるゆると抱きしめる。
顎をくすぐる琳太の髪の毛はひんやりと冷たくて、外の空気をまとっていた。さっきまで外にいたのだろうか。

「サツキ?」
「うん、久しぶりだね」
「ん!」

琳太はわたしにしがみついたまま、ぐるんっと首だけ回してサツキの方を見た。
九十九はというと、わたしの顔を凝視している。そりゃそうだ。わたしに見られていると気づいた彼が、そっと目を伏せた。見つめすぎるのは失礼だと思ったのかもしれない。

「リサ、目、ない?」
「うん、なんかね、なくなっちゃった」
「見える?おれのこと、全部見えてる?それとも、半分だけ?」
「全部、ちゃんと見えてるよ」

目が片方ないから、自分が半分しか見えていないと思ったのだろうか。琳太はしきりに身体を左右に揺らして、どうにかわたしの狭まった視界に映り込もうとしているようだった。
そんなことしなくても、ちゃんと見えているのだけれど。
必死な様子がかわいくて、思わず笑いだしそうになるけれど、本人はいたって真剣だ。だから、右手を伸ばして琳太の片目を覆ってやった。

「琳太、わたしのこと、見えてる?」
「ん!……あ、」

そこで、片目が塞がっていても、見えるものが半分こされるわけではないと気づいたらしい。ぱたりと動きを止めた琳太が、安心したようにわたしの右手へと頬をすり寄せてきた。ほっぺたもちょっとひんやりしている。結構長いこと外に出ていたのだろうか。

「リサさん、あの、その目は……」
「わたしもよくわかんないけど、まあ、痛いわけじゃないし……」

なんと返すのが正解なのかよくわからなくて、あまり危機感のない返答になってしまったと自分でも思う。ジョーイさんにでも診てもらった方がいいのだろうか。けれど、病気というわけでもないし……。

「そのうち元に戻ると思うよ」

サツキの言う「そのうち」がどれくらいを指すのかは分からないけれど、こればっかりは待ってみるしかなさそうだ。心理的なものが影響しているのならば、美遥と仲直りすれば、あるいは。……別に、けんかしたわけじゃないのだけれども。溝を埋める、の方がしっくりくる気がする。
そういえば、美遥は今どこにいるんだろう。今すぐ会う気持ちにはまだなれないけれど、いつもわたしにべったりだった彼が姿を現さないのは珍しい。というか、初めてじゃないかな。もしかして、わたしが拒絶したことで相当ふさぎ込んでしまったのだろうか。少し罪悪感はあるけれど、仕方ないと思ってしまう気持ちもあった。

「ええと、美遥のことなんだけど、いい?」

九十九がためらいがちに口を開く。わたしがうなずくと、九十九は、あの夜以降の美遥の様子を教えてくれた。

わたしが気絶した後、美遥はすぐさま飛び起きたはなちゃんに引きはがされた。そこで美遥がわたしの髪の毛を食べていることに気づいたはなちゃんは、血相を変えて彼を怒鳴ったらしい。死ぬつもりか、と。
縮こまった美遥は原型に戻ったのだけれど、そこをはなちゃんがボールに入れて、すぐにジョーイさんへ検査入院を申し出たのだという。琳太はそこでようやく起きたらしく、わたしを何度も揺さぶってくれたらしい。
その時のわたしは目こそ開いていたものの意識はない状態で、その様子を思い出したらしい琳太はとても悲しそうな顔をしていた。琳太ごめん、本当に覚えがないや。
わたしたちのいる部屋に来たジョーイさんは事情を聞いて、すぐにわたしが今寝ている部屋を用意してくれて、美遥は入院患者用の部屋へと通された。トレーナーカードを見たジョーイさんは、わたしのことを覚えてくれていたらしい。普通はトレーナーが診察を申し出るべきところだけれど、緊急事態ということで、対処してくれたようだ。あとでお礼を言いに行かなければ。

「英さんが死ぬつもりかって言った意味が、はじめはわからなかったんだけれど」

美遥の検査入院中、わたしを看病しながら、はなちゃんは九十九たちにようやく美遥を診察させた理由を話してくれたのだという。

「……別に、あいつの頭がおかしいとか、精神を病んでるんじゃないかとか、そういう理由で診てもらってるんじゃねえぞ」
「そうなの?」
「お前、人の髪の毛食ったことあるか?」
「な、ないよ!あるわけないって!!」
「うるせえ。……まあ普通はそうだよな」

人の髪の毛や体毛というのは食べるのに適さない。身体がそれらを消化できるようになっていない生き物がほとんどだ。毛づくろいをしていたら、いつの間にか飲み込んでいた自分の体毛が消化できないまま溜まっていって、体調を崩してしまうポケモンもいるのだという。
育て屋にいたはなちゃんは、ときどきそういうポケモンを見てきた。だから美遥のしていることを見たとき、真っ先に「死ぬつもりか」と怒鳴ったのだ。

「とりあえず診てもらって、特に異常がないのなら、怒るのはそれからだな」

そう言ったはなちゃんに「もう怒ってる」と言った琳太は、思いっきりデコピンを食らったらしい。まだ額がじんじんするような感じだと言っていた。




back/しおりを挟む
- ナノ -