のこされしもののうた‐05 

目が覚めると同時に、驚いたようなサツキの顔が目に入って、まだ夢を見ているのかと思った。けれど、怖くない夢なら何でもいい。そう思って、わたしはサツキの名を呼んだ。

「おはよう、リサ」

布団からようやっと出した指先が、手袋越しのサツキの手に触れた。布の感触。腕が重たくて、サツキが支えるように手を添えてくれなければ、腕はだらりとちからなくベッド脇に落ちるだろう。重力に任せて、死人みたいに。

「怖い夢でも見ていたの?」
「うん」

わたしがうなずくと、サツキは冷たいタオルを額に乗せてくれた。冷たくて、気持ちがいい。
わたしの様子が変だと言って、はなちゃんがサツキを呼んでくれたらしい。症状としてはただの風邪なのだけれど。きっと、セッカシティが思ったよりも寒くて、それで身体がびっくりしてしまったのだろう。
でも、それだけが原因じゃないのは、自分が一番よくわかっている。だからこそ、はなちゃんはサツキを呼んだんだろうし。

「寝る前と比べて、気分はどう?」
「あんまり……」
「そっか」

むしろしんどさは増す一方だ。熱が出たとき特有の、どうしようもない孤独感と不安に煽られて、わけもなく寂しさがつのる。
サツキ、サツキ、と意味もなく名前を呼ぶと、サツキは何度も首肯して手を握ったままでいてくれた。あのね、なんだかね、さびしいの。子供みたいなことを言っても、サツキは笑わなかった。そのまま黙って、手を握り返してくれた。だからわたしも安心して、指先に力を込めた。
とたん、だらりと腕が空を掻いてベッド脇に垂れ下がった。腕に感じるのは、ひんやりとしたベッドの温度。驚いた、サツキの顔。

サツキが前かがみになって、もう一度わたしの手を取ろうとしているのがわかった。だから、わたしもサツキに手を伸ばす。
けれど、差し伸べられたサツキの手の目の前で、わたしの手はまたもや空を漂って落ちた。熱で遠近感がぶれてしまっているのだろうか。手を握っててほしい。ただそれだけなのに。

「リサ、よく聞いて」
「?」
「きみは、人間だ」
「何を、言ってるの……?」
「いいから聞いて。これはとても、大切なことなんだから」

サツキは真剣な目をしてもう一度、「きみは人間だ」と言った。その意図がわからず、わたしは再び伸ばそうとした手を降ろす。

「きみは人間で、ポケモントレーナーなんだ。だから、」

サツキは、わたしの手を取った。両手で挟むようにして握って、祈るように己の額にあてがって。消え入りそうな声で、祈りを捧げるように、ささやいた。

「こっちに来ちゃ、だめだ」

何を言っているのかわからずに効き返そうとすると、かたく握りしめられていたわたしの手が、するりとサツキの手をすり抜けていったのが見えてしまった。幽霊みたいだ。そう思っている間にも、サツキは慌てたようにもう一度わたしの手を取りなおす。

「リサ!」

びっくりして、身体に力がこもる。しっかりとサツキの手の感触を感じて、強く握り返した。

「わたし、しんじゃうの?」
「死なない。死なないさ。死にたくないと願えば、死なないんだよ」

じゃあ、死にたいと願ってしまったら?怖くて口には出せなかったけれど、サツキはわたしの表情から察したのか、また手を強く握ってきた。痛いよ。

「きみは今、とっても不安定な状態なんだ。人間か、そうでないかの狭間で迷ってる」

狭間の仔。泉雅さんの言葉を思い出した。わたしは今、人間とポケモンの間をさまよっているということなのだろうか。サツキの手をすり抜けてしまったのも、ゴーストタイプの血が流れているから?



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