のこされしもののうた‐02 

錆もないし、チェーンも緩んでいない。あの時のままだ。琳太がのっそりと自転車を登り、かごに乗る。そうそう、はじめはこうやって移動したんだっけ。
ジョーイさんにお礼を言って、すべてをカバンの中にしまう。そう、すべてを。本当にこの世界のカバンは便利だ、どういう理屈かは知らないが、自転車までもがしまい込めるのだから驚きだ。

手紙だけはカバンの中ではなく、ポケットに入れておいた。部屋に戻ってすぐ、封を切ると、2枚の便せんが入っていた。ひとつは封筒にわたしの名前を書いたのと同じ筆跡、もうひとつは別の人のものだ。

リサさんへ
 お元気ですか?この手紙を読んでいるということは、もうセッカシティに着いたということなのでしょう。お疲れさまです。自転車と本は、ジョーイさんにお願いしたら快く引き受けてくださいました。ワタシたちはもう、イッシュ地方での調査も終えて、シンオウ地方に帰る予定です。龍卉さんはリサさんが鏡に吸い込まれてから本当にアナタのことを心配していて、あっもちろんワタシだって心配していましたよ!?
 えっと、それはそれとして。ともかく、龍卉さんはマスターに連絡して、泉雅さんと掛け合ってくださいました。結局マスターさんからは心配いらないとの回答が返ってきたので、安心した次第です。
 どこに行ってしまったのか、またいつ会えるのか、とっても気になるところですが、待つことにします。きっとリサさんなら、ここまでたどり着いてくれると信じていますので。
 泰奈

1枚目の手紙は、泰奈からのもの。当たり前だけれど、手紙の中ではどもっていない。裏側には、小さな字で知らない場所の住所が書いてあった。イッシュ地方のとある場所、らしい。
きっとここに彼女がいるのだろう。後で返事を書かなくちゃと思いつつ2枚目を見てみると、それは龍卉さんからの手紙だった。少々粗雑な字で、殴り書きのようにして書いてあった。不機嫌そうにペンを握る彼の顔が浮かんできて、思わず笑みがこぼれる。きっと泰奈に促されて渋々書いたのだろう。

 どーも。泰奈が書いとけってうるさいから書いてみたんだけど。これ何書けばいいわけ?
 まあいいや。とりあえず、ボクと泰奈はイッシュを出るから。会いたいならシンオウ地方の研究所まで来てよね。
 そうそう、この辺寒いから、風には気をつけた方がいいかもね。
 龍卉

風邪、と書きかけて2文字目がぐちゃぐちゃと塗り潰されている。気を遣おうとしてそれを途中で止めて、でもやっぱり気を使ってくれたのがよくわかる。新しい便せんにしないあたり、もう開き直ってしまっているのだろう。これを読んで笑っていると龍卉さんにばれてしまったら、きっともっと不機嫌になってしまうのが目に浮かぶ。
ふたりとも、きっと今も元気でやっているのだろう。
返事を書こうと思って、売店でレターセットを買った。ポップなピカチュウ柄のそれに、ボールペンで字をつづっていく。久しぶりにペンを握っていることに気づいて、ぎこちなさを感じた。もうぜんぜん机に向かうことなんてないものなあ。

「何書いてるんだあ?」
「手紙だよ」

美遥がうしろから興味深げにのぞき込んできた。わたしの肩に添えられた手は、もうすっかり温まっているようだ。わたしと同じシャンプーのにおいがして、ああ、風呂上りなんだ。
そう思ったと同時に、またちくりとうなじのあたりが痛んだ。

「……?」
「じっと見て、どうしたんだ?」
「ううん、なんでもないの」

なんでチクチクとした痛みが発生したのかはわからないけれど、なんとなくもぞもぞしてしまって気持ちが落ち着かない。
手紙を書き続ける気になれなくて、うんと伸びをすると、すばやく美遥が距離をとる気配がした。あ、そういえば。

「美遥、お風呂の栓、もう抜いた?」
「ううん、まだだぞお」

はなちゃんと九十九がまだ入っていないのだという。それならさっさと排水溝だけ見ておこう。こうも髪が長いと、すぐ排水溝が詰まっちゃいそうだし。後から使う人も不快だろう。
そう思って風呂場を覗いてみるが、使った跡という割には、髪の毛が1本も落ちていない。もしかして、あとの人のために美遥がお掃除しておいてくれてたのかな。




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