のこされしもののうた‐01 

ネジ山とはその名の通り、中の構造がぐるぐると渦巻いている山だった。詳細な地図を持っていないから、同じところを何周もしているのではないかと思うくらいに。けれど、幸い中が明るかったから、迷いつつも同じ道をたどることはなく、着実に進んでいくことができた。
はなちゃんに一度、「ここに来たことがあるのか」と訊かれたけれど、もちろんそんなことはない。わたしが来たことがあるのは、この先にある街、セッカシティだ。

「楽しみだね、琳太」
「ん!」

出口が見えた瞬間、思わず走り出す。小さい足音が後ろから追いかけてきて、私の手をつかんだ。一緒に行こう。思い出の街、セッカシティへ。

「うっ!?」

洞窟を出た瞬間、容赦のない冷たい風が真正面からぶつかってきて、腹の底から声が出た。一瞬で身体が震えだし、反射的に両腕で自分の身体を抱く。一歩下がって、追いついたばかりのはなちゃんの後ろに回り込んだ。

「おい、風除けにするな」

ばればれだけれど仕方ない。だって寒いんだもの。九十九はさすが水タイプといったところか。寒いねとだけつぶやいて、風に目を細めるだけだった。
ぎゅっと私の背中にしがみつく感覚がした。骨ばった手が、すっかり冷え切った髪の毛を払いのけて、熱の残っているうなじに触れた。ちくっとした髪の毛が引っ張られる感覚と、とびきり冷たい感覚。つららを何本もを押し当てられたみたいだ。

「あああああああ」

美遥だ。ぐるんと振り向いて、お返しにむき出しのお腹を両手でつかんでやった。わたしと似たような悲鳴が美遥の口から漏れる。あっこれあったかい。

「あああああああ」
「おいさっさと行くぞ」

はい。短く返事をして、いそいそと歩き出した。今いるところから、もう町並みは見えている。赤い屋根が見えた途端、懐かしさがこみ上げる。あの場所で、わたしを助けてくれた泰奈、それから龍卉さんと言葉を交わし、それからモノズくんに、琳太という名を付けた。

セッカ、せっか、雪の花。この街は思い出の通り、いや、それよりも、もっとずっと寒かった。ポケモンセンターに飛び込んでからも、歯の根が合わないくらいの寒さが続く。このままじゃ風邪をひいてしまいそうだ。
とりあえず部屋を取って、熱いお風呂にでもゆっくりつかりたい。部屋の暖房をガンガンに効かせて、バスタブの蛇口をひねった。
ドドド、と低い音が続いている浴槽をそのままに、ストーブの前に陣取っていた琳太を思いきり抱き締めた。ほおずりすると、自分が髪の毛の先まで冷え切っていたことに気づく。ふかふかの琳太の毛並みは熱を持っていて、干したばかりの羽毛布団みたいに暖かい。このまま抱き枕にして眠ってしまいたいくらいだ。

「リサさん、お風呂、」

そうでしたそうでした。ばたばたと着替えとタオルを持って、脱衣所へと飛び込んだ。そんなわたしを横目に、琳太はくあ、とひとつあくびをこぼしてまどろんでいるのだった。

お風呂から上がったわたしは、琳太と一緒にジョーイさんへと声をかけた。

「あの、前にここに来た時に、自転車を置いて行ってしまったんですけれど……」

前といっても相当前で、撤去されてしまっていてもおかしくない。けれど、ジョーイさんはわたしの名前を聞いた途端に、ああ、と感嘆の声を漏らしてうなずいた。

「ちゃんととってありますよ」

頼まれていたので、と言ってジョーイさんは、ポケモンセンターの裏手にある駐輪場……を通り過ぎた先の倉庫へと案内してくれた。そこにあったのは、愛しいわたしの相棒。それから、かごに入っているのはもう使うこともないであろう教科書と、見慣れない封筒。白いそれには、几帳面さが伝わってくる字で、わたしの名前が書かれていた。泰奈だろうなって直感的に思った。きっと、彼女たちがジョーイさんにお願いして、この自転車をとっておいてくれたのだろう。



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