Remember XXX‐07 

みんなのことを思い出してから、どうしようもなく会いたくなったのだ。いつも一緒にいるから気付けなかったけれど、苦しい時にぎゅっと抱き着いてくれる琳太と美遥、そっと見守ってくれる英と九十九。彼らに支えられて、わたしはようやっと立っていられる。
この気持ちを知ることができたのは、燐架さんのおかげだ。

もっと悩んで選び取るべきかもしれない。でも、どんな選択肢を与えられても、それはあの世界にいることが前提のことばかりで。こっちか、あっちかなんて、わたしの中では初めから決まっているのだ。

「本当に帰りたくなったら、タワーオブヘブンに来るといいのね」
「多分そういうことはないけど、燐架さんには会いに行っても、いい?」

わたしの言葉で、ふわりと花が咲くように、燐架さんが笑った。

「そういうときの顔、そっくりなのね……」

いつでもいらっしゃい、と行って、燐架さんがわたしの頬を両手で包み込んだ。おでこがこつん、とぶつかって、少し低めな彼女の体温が伝わってきた。薄く輝く金色の瞳は、はかなげで、底が見えない不気味さを持っていた。それを越えるくらいの引き込まれるような魅力があったから、どうってことなかったけれど。

強い風が吹いて、反射的に目を閉じる。次に目を開けば、見慣れたポケモンセンターの天井が広がっていた。
起き上がると、身体の節々が痛む。寝違えたみたいだ。あれ、そういえば、わたし何してたんだっけ。確か、フキヨセシティジムに挑戦して、それからポケモンセンターに帰って……。
上体を起こすと、視界の端に誰かがいるのが映った。

ドアが開いたかと思えば、驚愕の表情を浮かべたはなちゃんがいた。

「はなちゃん?」
「ッお前、いつ起きた!?」
「さっきだけど……」

わたしの言葉を聞くや否や、はなちゃんは勢いよくドアを閉めてどこかへと走り去ってしまった。すぐに入れ替わるようにして、琳太、九十九、それから三白眼で茶髪の男の子が部屋の中に飛び込んできた。

「リサ!!」

お腹に琳太の頭がクリーンヒットして、危うくもう一度寝てしまうところだった。琳太、さてはシッポウタウンのときから学んでないな……?
なんとか意識を保ったまま、見慣れない男の子の方に目を向ける。三白眼ではあるけれど、不安げな表情のせいか、目つきが悪いという印象は受けない。見慣れないとは思ったけれど、琳太たちが一緒にいるということは、きっと。

「リサ、ずうっと起きなくて、びっくりしたんだぞお……!」
「やっぱり美遥?」
「うえっ、あ、そっか、うん、おいらは美遥だよ」

一瞬涙の引っ込んだ美遥が、こくりとうなずいた。
出ていったはなちゃんがジョーイさんを連れて慌ただしく戻ってきた。ジョーイさんはわたしの体温を測り、血圧、脈拍と測定してから、異常はないと言ってくれた。
自分としてはさほど長い時間寝ていた自覚がないので、正直何が起きているのか、どうしてみんながそんなに心配しているのかがわからない。

「リサさん、ジム戦から帰って夜になっても起きなくて。でもただ寝てるだけだったから次の日には起きるって思ってたんだけど……」

ところが、3日経ってもわたしは目を覚まさなかったのだという。そして今がジム戦から4日目の夕方。起き上がった身体が強張っていて痛いのにも、異常に喉が渇いているのにも納得だ。

美遥が布団に置かれていたわたしの手を上からぎゅっとにぎった。
ごつごつして骨ばっていて、大きい手だ。進化前のぷっくりとしたやわらかい手とは、似ても似つかない。

「美遥、大きくなったね」

美遥は口元を緩めた。喜びで目一杯尻尾を振っているような幻覚が見える。よほど嬉しかったのか、一層強くわたしの手を握り締めてきた。う、少し痛いぞ……。琳太が頭をぐりぐりとお腹に押し付けてきているのもじわじわきている。誰かそろそろ止めて欲しい。

「こら、いつまでやってんだ」
「あー!」

琳太の首根っこを掴んで、はなちゃんが軽々と持ち上げる。そしてそのすきに九十九がわたしへと水の入ったペットボトルを渡してくれた。美遥の手が離れたはいいけれど、寝起きでいまいち握力がこもらないから、蓋があけられない。美遥がすっと手を伸ばし、蓋を開けてくれた。

「飲む?」
「じ、自分で飲むね」

そっかあ、とやや気落ちした声を出した美遥。水くらい自分で飲めますとも。受け取って、一気に半分くらい飲み干した。

足を床に下ろして立ち上がると、生まれたてのメブキジカみたいによろけてしまった。みんなの手が伸びてくることに笑ってしまう。

「リサ、どうしたの?」
「え?」

嬉しくて、思わず笑っちゃったんだよ。
そう言おうと思ったのに、喉がつかえて何も言えなかった。かわりに、じわりと目から熱いものがあふれ出た。

「リサ、どこか痛いの?」
「もっかいジョーイさん呼んでくるか?」
「ちが、ちがうの、いいの……」

しばらく、泣かせてほしい。
ベッドに逆戻りして、切れ切れの言葉でようやくそれだけをみんなに伝えて。
わたしは、薄い毛布をとめどなく濡らして泣いた。嬉しくて笑っていたはずなのに、いつの間にか、どうしても胸が苦しくなって、どうしたらいいのか分からなくなっていた。

誰かが髪の毛をなでたり、梳かしたりしている感触だけが伝わってくる。けれど、それすらも涙をあふれさせる原因にしか、ならなかった。



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