Remember XXX‐04
「美遥、突っ込んで!つばさでうつ!」
自身が生み出した岩の間を縫うように飛び、時折岩を蹴って加速していく美遥。彼がエアスラッシュと衝突すると、空気の斬撃が飛び散って周囲の岩を細かく砕く。ぴしぴしと頬に当たる、細かい石の破片。
砂煙や石ころが目に入ってしまうかもしれないけれど、まぶたを閉じることはしない。今、見なきゃ。
振り上げた翼の下、懐に、美遥が潜り込んだ。ぐっと拳を握りしめる。
『うおおおお!!』
渾身の一撃が、スワンナを跳ね上げた。そのまま力なく重力にしたがって落下していくスワンナは、赤い光となってフウロさんの手元へと帰っていった。
『リサ、おいらやった!やったよ!!」
思えば、苦境に追い込まれた美遥がそのまま負けてしまうことはあっても、勝ったことは一度もなかった。ボロボロで土埃にまみれた体が降り立ったかと思うと、一気に人の姿をとってわたしに飛びついてきた。そのシルエットの大きさに、思わずのけぞる。
そのまま押し倒されるような形で倒れ込んむのにも構わないで、美遥はぐりぐりと頭を動かして頬をすり寄せてきた。重たい。いつも一緒に寝ている美遥が寝返りをうってのしかかってきたときの何倍も重たい。進化したから人間の身体の方も成長しているのだろう。
うーん、寝不足と緊張の糸が切れたのも相まって、頭がボーッとする……。そういえばわたし、今頭打たなかったっけ……。
飛びそうになる意識を何とか保って、美遥の背中を軽く叩く。わたしとしてはギブ、どいて、のいみだったのだけれど、美遥は褒められていると思ったらしい。よりいっそうしがみついてきた。仕方ない、こういう時は……。
「おら、リサが潰れちまうだろーが!!」
わたしがボールに触れる前に、はなちゃんが自力で出てきてくれた。そのまま美遥の首根っこを掴んで、グイッとわたしから引きはがす。
ようやく大きく息が吸えて、肺を思い切り膨らませるように深呼吸をした。上半身だけを起こすと、琳太が大丈夫?という顔をして覗きこんでくる。
「琳太もおつかれさま。ごめんね、活躍させてあげられなくて」
「ん、あやまらないで」
琳太はふるふると首を横に振った。そしてもう一度、小さく重ねる。あやまらないで、と。
「リサさん、立てる?」
わたしが何か言う前に、九十九が手を差し伸べてきた。反射的にその手を取って、立ち上がる。するとまず目に入ったのは、見慣れない男の子。三白眼気味で目つきの悪い顔立ちに、ひょろりとした体躯。長い髪は三つ編みに結われていて、尻尾のようにゆらっとしている。はなちゃんに首もとを掴まれてぶーぶー文句を垂れているということは、彼が美遥……?
「やさしいポケモンたちに囲まれているのね!とっても素敵!」
求められるがまま握手に応じると、フウロさんがかたく手を握ってくれた。そして、きらりと光る勝利の証。
「次のジムがあるセッカシティは、7番道路の先、ネジ山を越えたところよ。頑張って!」
セッカシティ。その街の名前に、心が跳ねた。泰奈に、龍卉さんに、連れて行ってもらったところ。わたしの自転車が、置き去りにされた街。泉雅さんにカノコタウンへといざなわれた場所。思い出のセッカシティ。彼女たちがまだいるかはわからないけれど、会えるかもしれないという期待を抑えきれない。
「次の街、楽しみだね!」
無表情だった琳太が、ふいに目をきらめかせる。セッカシティは、わたしと琳太のはじまりの場所と言っても過言ではない。琳太にとっても思い出深い場所なのか、何度もうなずいていた。
「リサー、助けてー……」
「押し倒したお前が言うセリフかよ!」
「だってえ!」
ギザギザの歯をむき出しにして、はなちゃんを睨む美遥。見た目は大きくなったけれど、中身はあんまり変わっていないようだ。でも本当に大きくなった。九十九も線が細いけれど、美遥のそれはまた違っていて、筋張っているという印象を受ける。手とか足とか、細くて折れそうだけれど、ちゃんと男の子だ。
「と、とりあえず、ポケモンセンターに戻ろう?」
ぎゃんぎゃん噛みついてはいるが、美遥は傷だらけ。わたしもくたくたで、昼寝がしたい気分だ。
フウロさんにお礼を言って、帰りの手段として提案された巨大な大砲を丁重にお断りしてから、ジムを後にする。
扉の先で唐突に、先を歩いていたはなちゃんが足を止めた。急には止まれないから、その背中に鼻をぶつけてしまう。じんじんする鼻をさすりながら、顔を覗かせてみると、帽子を目深にかぶったNがいた。
電気石の洞窟にいたのだから、ここフキヨセシティに彼がたどり着いていてもおかしくない。
「……わかりあうためといい、トレーナーは勝負で争い、ポケモンを傷つけあう。ボクだけなのかな、それがとても苦しいのは」
「何だよおまえ!」
最初にNへと噛みついたのは、美遥だった。鋭い目つきで威嚇する彼に、眉を寄せるN。なおも、美遥は険しい表情を崩さない。はなちゃんがしっかりとその細い手首を握っていなければ、今にもNへと飛びかかってしまいそうだ。
「キミたちのように、人とポケモンが信頼し合っているのを見ると、少し胸が痛むけど。ボクは英雄になって、争うことなく世界を変えてみせる」
伝説のポケモンがどうとか、彼は言っていた。けれど狂犬のように身体を震わせてとげとげしさをあらわにしている美遥が気になって、正直あまり耳に入って来ない。Nもこれ以上はまずいと思ったのか、すぐに口をつぐみ、踵を返した。
「ポケモンは人に使われるような小さな存在じゃない」
そう言い残して。
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