Remember XXX‐03
もう一度、美遥が身体を震わせる。しかし、それは水気を払うための仕草ではなかった。それは、より小刻みで、身体の内から湧き上がるような震えだった。
「美遥?」
『お?なんだこれ……?』
困惑したように首をかしげる美遥が、自分の身体とわたしを交互に見る。
だけど、のんびりしている場合じゃない。バトルはまだ終わっていないし、こちらが不利なのには変わりないのだから。
「スワンナ、つばめがえし!」
「美遥、つばさでうつ!」
体格の大きさを利用して、全体重でわざをぶつけてくるスワンナ。ぐぐっと押し切ろうとするのに対抗しようと、美遥は小さい両翼で精一杯白い刃を受け止めていた。
『うう……』
思えば、美遥の戦闘スタイルはすばやさを生かしたヒットアンドアウェイ。こんな風に直接ぶつかり合ってくる経験はほとんどなかった。今にも押しつぶされてしまいそうになっているちっぽけな後ろ姿を見て、こぶしを握らずにはいられない。
「美遥、頑張って……!」
スワンナの方にはまだ余力があるようで、力任せに押してくる。こんな至近距離でバブルこうせんでも撃たれればおしまいだ。そう思った瞬間、スワンナが鋭いくちばしを開いた。
……まずい!
「下がっ……」
『やだ!』
ぐっと美遥が地面を踏みこむ。彼がどんな表情をしているのかはわからないが、一瞬だけスワンナの動きが止まった。こわいかおでも使ったのかもしれない。けれど、時間稼ぎは終わりだ。フウロさんがバブルこうせんと指示を飛ばす。
美遥の姿が、泡に飲まれて見えなくなった。
「美遥!?」
呼びかけるも、呻き声ひとつ聞こえてこない。泡の群れの奥からスワンナが飛び出したのが、視界の端に映る。けれど、美遥の姿は見えないままだ。揺れるボールに指先を乗せ、不安な気持ちのまま見守っていると、水泡が淡い光を放って弾けていく。光って……?
『げっほげほ……。ん、うおおなんだこれ……!』
泡の中からまず突き出したのは、ちっぽけな翼。その羽毛の一枚一枚が輝いて、やがて翼全体が強く輝きだし、ぐんぐんとたくましくなっていく。両翼が羽ばたく度に風が巻き起こり、泡がぱちぱちと消失していった。真正面から弱点とするタイプの攻撃を受けた体はボロボロだったものの、両足はがっしりとフィールドをとらえて離さない。痛みからだろうか、うなだれるようにして地面につけていた首。それをゆっくりともたげ、構え直す。
光が収まれば、ひとまわりもふたまわりも大きくなった美遥がそこにいた。
「うそ、進化しちゃったの!?」
フウロさんがびっくりしているが、それはわたしも思ったことだ。はなちゃんといい九十九といい、大事なバトルで進化することが多いのは、身体的な強さだけが進化の要素ではないということを示しているのかもしれない。
本当に望んだとき、それが訪れるのだとしたら。とても、うれしいことだ。
いつもならすぐにうずくまってしまいそうな傷を抱えたまま、興奮した様子の美遥がわたしを振り返る。
『ねえ、リサ、おいら進化した!!できた!!』
「うん、うん……!」
よく頑張ったね、と駆け寄って抱きしめたい衝動に駆られるが、それは勝ってからのお楽しみにするとしよう。
「美遥、いけそう?」
『痛いけど、いけるぞ!』
そうだ、痛いんだ。腕に鋭い歯が食い込んだ時のこと、身体を長い爪が掠めたことを、思い出してしまう。ずきりと身体が痛んだが、もちろん気のせいだ。
相変わらず見た目は鳥なのに、地面を駆けるそのすばしっこさといったら。と思っていると、ふわりと美遥の身体が浮き上がった。
「え、みは、飛ん……!」
びっくりしすぎて思考に言葉が追いつかない。いつしか図鑑で見た、始祖鳥のような姿をしたアーケオスは、確かに羽ばたいていた。おぼつかないその飛び方は、羽ばたいているというよりは、ばたばたともがいているように見える。けれど、確かに飛んでいるのだ。
『うおお、高いぞー!』
嬉しそうに飛び回っている美遥を、スワンナが困惑したように見上げた。向こうも空中戦を覚悟したのか、ひらりと舞い上がる。優雅な飛び方に、つい見とれてしまった。
『美遥、かげぶんしん!』
次に攻撃を食らってしまえば、もう美遥は動けないだろう。そう思って守りのために指示したかげぶんしん。わたしは目を瞠った。
縦横無尽に広がる無数の分影。縦にも横にも、視覚に圧倒的な質量を訴えかけて展開されるそれは、もはや「群れ」にも等しかった。
行こんなにも迫力のある光景が広がることに、わたしは驚いた。空中戦って、すごい。迫力満点だ。視界いっぱいどころか映しきれないほどに広がるバトルフィールド。地面も空も、天井が許す限りまで、ここは戦場なのだ。
新鮮な光景にわくわくしてきた。スワンナが美遥の影に戸惑っている間に、彼は影ごとスワンナへと急降下。群れで狩りをしているようなその光景に、少しだけぞくっとした。
「美遥、げんしのちから!!」
スワンナの頭上へ、がらがらとわたしの頭よりも大きな石が降りそそぐ。かげぶんしんの効果が切れた美遥の身体が、うっすらと発光した。げんしのちからの効果だろうか、心なしか、飛翔するスピードも上がってきているような気がする。
「アクアリングで守ってから、エアスラッシュ!」
フウロさんは美遥をスワンナに近づけさせないつもりだ。岩にぶつかりダメージを受けながらも、スワンナの翼が止まることはない。アクアリングがクッションになり、決定打が入らないのだ。
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