Remember XXX‐02 

フウロさんが最後に繰り出したポケモンは、スワンナ。白鳥のような姿が美しいポケモンだ。けれど、繰り出されたわざにわたしも美遥も面食らう。

「バブルこうせん!」
「美遥よけて!」

わあっと声を上げながら、美遥がバトルフィールド中を駆ける。あまり飛ぶのが得意ではないから、ぴょこぴょこと足を使って逃げ回るしかない。一撃でも食らってしまったら、美遥は戦えないだろう。先に美遥を出して、はなちゃんを温存しておくべきだと思ったが、後の祭り。はなちゃんは先程のほうでんでかなり消耗しているし、迂闊にでんきわざは使わせられない。
さっき戦ったケンホロウは、美遥への有効打がなかったからよかったものの。このままではこちらが一方的に追い込まれるばかりだ。

「逃げてばかりじゃ勝てないよ!スワンナ、エアスラッシュ!」

美遥の進路を塞ぐように、空気の刃が吹き抜ける。急ブレーキをかけた美遥の目の前を通りすぎた斬撃は、くっきりと地面に爪痕を残していた。くらってしまえばひとたまりもない。動きが止まったところに、大量の泡が押し寄せる。あわと言ってもシャボン玉のように可愛らしいものではない。スピードの乗ったそれは、もはやひとつひとつが水の弾丸だ。

「美遥、かげぶんしん!」
「全部蹴散らしちゃえ!」

幾重にも重なった残像が、泡に当たると弾けて消えていく。影がひとつ、またひとつと消えていく中で、空中から泡をまき散らしていたスワンナの動きがはたと止まった。

「げんしのちから!」

美遥はスワンナに比べてとても小さい。二倍以上はある相手は、それだけ影も大きい。スワンナは美遥を探して長い首をうろうろさせていたが、突然自分の影からいくつもの岩が飛んできたことに面喰った。
泡とかげぶんしんを利用してスワンナの真下に隠れた美遥は、死角からわざを放ったのだ。

「アクアリング!」

水のベールがスワンナを包み込む。岩が衝突したのとほぼ同時。直撃はしたものの、水がクッションとなり、決定打にはならなかったようだった。

「でんこうせっか!」

体勢を崩している今のうちに。高度の下がったスワンナに、美遥が接近する。しかし、そのまま突っ込もうとした美遥は、直前になって足を止めた。

「美遥?」
「バブルこうせん!」
『お、わあっ!?』

一体美遥がどうして動きを止めてしまったのかは皆目わからなかったが、それよりも問題は美遥がバブルこうせんをくらってしまったことだ。しかも、至近距離で。

『み、水は苦手なんだよお……』

びしょびしょになった美遥が身体を震わせて水気を払う。濡れた程度で済んだのならまだよかったが、彼の足元はふらついている。
一度はなちゃんに交代した方がいいだろうか。でも、それでは彼に頼ってばかりだ。もう少し休ませてあげたい。琳太も鳥ポケモンに対しては少々分が悪いから、考えなしに交代は出来なさそうだ。……かといって、美遥がこれ以上追い込まれるのもまずい。
それに、決めていたのだ。誰にも言っていなかったけれど、これだけは、今回のジムで目標にしたいと思っていた。
だから、揺れるはなちゃんのボールを見ないふり。

「美遥、まだいけそう?」
『うーん……』

歯切れの悪い返事に、やっぱりだめかな、と迷いが募る。ある程度頑張ってもらって、その後は……。

ふと、はなちゃんが回復するまでの時間稼ぎ、と思ってしまった自分が嫌になった。さっきまでの意思がぐらつく自分を嫌悪する。昨晩、決めたじゃないか。

「美遥、もうちょっと頑張ろう!」

確認ではなく、躊躇いのない語尾を吐く。美遥は時間稼ぎなんかじゃない。一緒に進むって決めたんだから。美遥に追いかけられてばっかりじゃなくて、わたしだって、美遥の手を引いていかなきゃ。自分のことを頼りがいのある人間だとは思っていない。けれど、頼ってくれる存在がいるのなら、応えたい。

「一緒に、頑張ろう!」

その言葉に、美遥がはっとして振り向いた。


美遥にどう接したらいいのかわからなくて、ずっと迷っていた。
わたしは、美遥に試されているのかもしれない。

どれくらいわがままを認めてくれるのか。どれくらい自分の言うことを聞いてくれるのか。どれくらい、一緒にいたいという言葉が真実なのか。
時々こちらが困ってしまうようなことを言うのも、わたしに自分を見て欲しいからなのかもしれない。困らせるということは、その間、その人が自分のことを考えてくれているということ。

最初は勢いよく突っ込んでいくくせに、不利になればすぐ弱音を吐く。アーケンというポケモンは生き残るために、自分がまずい状況に追い込まれればすぐ逃げだす特性を持っている。強い敵とは戦わない。生き残りたいから。それが本能として備わっていると、最近ようやく知った。

だから、美遥が弱音を吐いているとすれば、それはわがままでもなんでもなくて、わたしが至らないから。不利だと、勝てないと、思わせてしまっているからだ。

緊張感迸るこの状況だというのにこみあげるあくびを噛み殺して、小さくうなずきかける。とたんに美遥はぱっと顔を輝かせて、小さな翼を持ち上げた。

『リサ、おいらのこと、頼ってくれるの?』

わたしはただ、ちょっとだけ遅くまで起きて、アーケンというポケモンのことを調べただけ。たったそれだけだ。

なのに、美遥のこの表情はどうだろう。わたしも、いつも美遥が負けそうな時に抱いていたかすかなもどかしさや苛立ちが少しも感じられない。酔ったような気分の悪さも、いつのまにか消し飛んでいた。
やっぱりわたしは、まだまだ未熟なトレーナーなのだ。




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