Remember XXX‐01 

鳥になりたい、と思ったことがある。小さい頃の話だ。鳥みたいに自由に飛べたら、どんなに楽しいだろう。歩いている人間も走っている車もみんなみんな見下ろして、高い山も越えて、雲の中を突き抜けて。
だけど、鳥も大変だなあと今になって思うのだ。

「死ぬかと思った」
「たのしかった!」
「うそでしょ琳太……」

龍卉さんの背中に乗ったときよりも酷く目眩がする。いかに彼が乗っている人に配慮してくれていたかを今更ながら実感した。
フキヨセシティジムは移動手段が今までのジムの中で一番突飛だと思う。ゼリー状の壁を通り抜けたり、リフトでひたすら上り下りを繰り返したりしてきたけれど、大砲に自分が入って移動するだなんてとんでもない仕掛けがあったものだ。弾が自分から入っていく大砲だなんて聞いたことがない。

はじめはおっかなびっくりだったけれど、次第に慣れてくると目まぐるしく飛ばされるせいで目眩がひどくなってきた。しかし、琳太たちは楽しいアトラクションだとしか思っていないらしい。わざわざ擬人化して大砲に詰まっていた。わたしがボールの中に入るから、かわりに飛んでほしいと心底思う。
いくら半分がポケモンとはいえ、さすがにボールには入れないし、入れたとしても人前でそんなことは出来ないのだけれども。


どうにかこうにかフウロさんのもとにたどり着いたときのわたしは、もうへろへろだった。今すぐやわらかいソファに横になりたい。脳みそが頭の中でカランコロンと転がっている感じがする。
寝不足なせいで余計に気分が悪い。もう少し朝遅く起きればよかった。

「ジムの仕掛け、どうだった?ぶっ飛んでたでしょ?」
「はい……」
「ん!」

物理的にぶっ飛びました。わたしの力ない返事に、元気いっぱいな琳太の頷きが重なった。
だめだ、これから頭をいっぱい使わなきゃいけないのに、とてもそんな気分になれそうにない。こんなことなら事前にちゃんと調べて、酔い止めを買っておくんだった。……とはいえ「じゃあ帰ります」というわけにもいかない。また大砲に入るのはもうこりごりだ。

若干ふらつく足を叱咤して、バトルフィールドの所定の位置に立つ。

「今度はアタシともっと楽しいことしましょう!」

楽しくなかったです!とは言えず、黙ってボールを構えた。少しは気分もましになってきたことだし、なんとか持ちこたえられそうだ。帰りはどうするのか、なんてことが一瞬脳裏をよぎったが、考えないようにした。

「ココロモリ、行っておいで!」
「琳太、よろしく!」

ひらひらと飛び回るココロモリを、琳太が見上げる。あまり視力が良くない琳太は、首を回してココロモリの姿を追うが、全く追いついていない。
審判の合図と共に、琳太がかぱりと口を開けた。

「りゅうのはどう!」

まずはココロモリの動きをどうにかして封じなければ。飛べない琳太からすれば、戦いづらい相手だろう。接近戦に持ち込めたらいいのだけれど。

「アクロバットでかわして!」

くるりと宙返りするようにして、華麗にココロモリが光線を避けた。そのままひらひらと軽やかに羽ばたいて、琳太へと突っ込んでくる。直線的な動きが見られないため、動きが捕らえづらい。
これはまずかったかも。早い動きに対応できるはなちゃんか美遥に交代するべきだろうか。そう思ったとき、たまたま手に触れたボールがガタッと一度だけ強く揺れた。背中を押すようなその振動で、反射的に手が動いた。

「琳太、交代!」
「ん……」

少し残念そうにしながらも、琳太は素直にボールの中へ。代わりに投げたボールからは、はなちゃん。蹄が硬く重たい音を立てて、着地を知らせる。

「スパーク!」

はなちゃんの突進は直撃こそしなかったものの、ココロモリをひるませるには十分だったらしい。電撃の残滓が掠ったのか、翼の動きが若干鈍っている。

「ハートスタンプ!」

接近戦にさえ持ち込めれば有利だと思っていたが、向こうも当然のように対策していたらしい。かわいらしいハート型の鼻が、勢いよくはなちゃんの横っ腹にぶつけられる。これってココロモリの方が痛いんじゃないだろうかと一瞬心配してしまった。

すぐさま体制を立て直したはなちゃんだったけれど、その頃にはもう、ココロモリは遠く離れ、一定の距離を保っていた。これで仕切り直しだ。

「はなちゃん、ほうでん!」
「アクロバット!」

近づけないなら遠距離で。電撃がはなちゃんを中心として、網目状に広がっていく。蜘蛛の巣のように張り巡らされたそれは、縦横無尽に羽ばたいているココロモリをとらえた。かわしきれなかったココロモリの身体がぐらつく。

「はなちゃんもうちょっと頑張って!」
「おう!」

なおも電撃を緩めずにいれば、ついにココロモリが捕らわれた。

「こうそくいどうで近づいて!」

今がチャンスだ。ここで向こうが体勢を立て直してしまえば、また振りだしに戻されてしまう。駆けだしたはなちゃんが、熱い空気を纏う。
見事にニトロチャージが決まって、ココロモリは戦闘不能となった。


ややお疲れ気味のはなちゃんが、後は頼んだぞと言って鼻先で美遥のボールをつつく。息をつく暇もなく始まった第二回戦。はなちゃんのバトンタッチに応え、持ち前のすばしっこさで見事勝利をおさめた美遥は、ラストバトルで面食らうこととなった。




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