クオリアの見た色‐08
タワーオブヘブンは結論から言うと、墓場だった。ただ、わたしが知っているような墓場ではなくて、高い塔がひとつ建てられていて、その中に置かれている十字架の下に、たくさんの魂が眠っているようであった。眠っているのはポケモンたち。整然誰かのポケモンであった彼らは、ここでトレーナーたちを見守っているのだ。
天辺に近付いていくにつれて細く尖っていく塔は、空を突き刺しているようにも見える。大きな槍が生えているようだと思った。
中は思いの外明るく、見上げると丸い天井に見下ろされていた。中に入ってみて分かったことだけれど、外壁にはたくさんの窓が取り付けられていて、外の空気や光が取り込めるようになっている。思いの外、開放感があって明るい。
中にいた人たちの中には、墓参り以外の目的でやって来ている人たちも見られた。時々ポケモンバトルを挑んでくる人までいる。墓場の前でバトルって不謹慎じゃなかろうかと思ったけれど、特にそう言った類の行為を禁止するような立て札も見当たらない。
野生のポケモンたちもここをねぐらにしているようで、お墓だというだけあってゴーストタイプのようなポケモンが多い。墓石の上で休んでいたり、ふよふよと自由に漂っている。ろうそくのような形のポケモンが明るい色の目をぱちぱちと瞬かせて、わたしたちのことをじっと見ていた。
「外から見たときはとんがってたのに、中に入ると平らだな」
「きっと上の階があるんだろうね」
はなちゃんの、よく動く喉仏を見上げながら答える。
見た目の割にはあまりに低すぎる天井が、上にも何階層かあることを示していた。
外壁沿いの階段を上っていくと、2階、3階と階層が上がっていくごとに、部屋が狭くなってきていた。塔が上に行くほど細く、鋭くなっているからだ。
何回ぐるぐると上ったのかを数え忘れかけた頃、らせん状の階段が、今までとは違って外への出口を示していた。明らかに、今までのものよりも出口が明るいのだ。茜色の陽が差し込んでいて、もう夕方なのだと教えてくれた。
「頂上かも」
「ほんと!?」
おいらもうへとへと、と言いつつも、美遥の顔がぱっと明るくなった。正直わたしもしんどい。エレベーターやエスカレーターの類は何もなくて、そろそろ膝が笑いだしてしまいそうなのだ。こういう場所にこそリフトを付けた方がいい。ヤーコンさんのジムを思い出しながら、そんな感想を抱いた。
おそるおそる、外へと顔だけを出してみる。屋上には祭壇のようなものがあった。これが最後、これが最後、と自分に言い聞かせながら、一歩一歩、重たい足を持ち上げていく。前よりも階段を大げさにきつく感じるのは、やっぱり身長が縮んでしまったからだろうか。
「あ、」
フウロさんの背中が見えて、ここがゴールだと思った。下から見れば尖塔にしか見えなかったのに、ある程度の面積を必要とする屋上があることにも納得した。答えはフウロさんの前にある。
やわらかい風が吹いて、紐がかすかにゆれた。その先にあるのは、大きな鐘。お寺にあるような除夜の鐘の方ではなくて、教会にありそうな、ベル状のものだ。きっと、この塔に眠っているポケモンたちのために鳴らされる鐘なんだろう。
「あ、来た来た!」
わたしに気付いたフウロさんが手招きをする。促されるままに鐘を鳴らすための紐を握り、後ろ、前。軽く助走を付けたそれは、ごおおぉん、と不思議な音を響かせた。間近で聞いているのにうるさくはない、それでいて、遠くまで響き渡るような音。高い音も低い音も混じりあって、共鳴して、再び新しい音を生み出していく。ひとつの音からいくつもの音が生まれて、大合唱のようになっていた。
豊かな響きを楽しむ傍らで、私が鳴らしてしまってもよかったんだろうかと思ってしまった。わたしはこの塔に縁もゆかりもない人間だ。そんな見ず知らずの奴に鐘を鳴らされて、ここに眠るポケモンたちは、果たして嬉しいのだろうか。
「さっきね、傷ついたポケモンがいたみたいだから、気になってここまで来たの」
もう大丈夫よ、と付け足したフウロさんは、目を細めて揺れる鐘を見上げた。
「タワーオブヘブンの鐘は、ポケモンの魂を鎮めるの。しかも、鳴らす人の心根が音色に反映される。……いい音色ね」
フウロさんがわたしを見て、にこっと笑う。なんだか褒められたのが恥ずかしくて、とっさに目を逸らしてしまった。夕日に照らされた彼女の顔がまぶしかったのもあった。きっと。
帰りはフウロさんのポケモンが、ポケモンセンターまで乗せていってくれた。ひこうタイプ使いの彼女は、私の挑戦を大歓迎すると言ってくれた。
風に乗って、あっという間にフキヨセシティへ。下降するにつれて、豆粒ほどの大きさだった街が、見慣れた赤い屋根が、近づいていく。鐘の音がまだ聞こえているような気がしてちらっと振り向くと、そびえ立つタワーオブヘブン。夕陽が落ち始めたまどろみのような色をした空が、よく似合っていた。
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