クオリアの見た色‐07 

では、と街の奥の方向に立ち去っていくフウロさんを見送る。タワーオブヘブンという塔に向かうと言っていた。わたしにも後で来るといい、と言い残して。
アララギ博士もわたしがさっき通ってきた電気石の洞窟の中へと入っていく。奥でアララギ博士……娘さんと合流するのだろうか。うーん、どちらも呼び方が博士なのでややこしい。

「リサさん、どうするの?」
「先に宿を取ってから、フウロさんを追いかけてみようかな」

わたしの言葉にうなずいた九十九が、きょろきょろと辺りを見渡した。それよか地図見た方が早いだろ、という英のツッコミで、慌ててわたしはライブキャスターを起動した。

「おっ、ポケセンみーっけ!」

鳥ポケモンだからだろうか。美遥はすぐ街の地図の中に表示された赤い点を見つけ、得意げに指さした。案外近くにあるようだ。というか、あまりこの街は建物がない。ライモンシティやホドモエシティを歩く感覚で、ついつい先に地図を開いてしまったが、これくらいなら地図がなくても十分そうだった。

とはいえ、ちゃんと見つけてくれたのは美遥だ。お礼を言って頭を撫でると、彼はくすぐったそうにはしゃいでいた。今更ながら、ひとりだけ子供っぽい扱いはだめかもしれないけれど、見た目とよく釣りあう笑顔を見ると、これでよかったんだと思う。琳太と見た目のあどけなさはそう変わらないのに、どうしてか美遥にはぐっと子供っぽい扱いをしたくなってしまうのだ。琳太だって多少のわがままは言うし、子供っぽい、というか子供なところはたくさんあるけれど、いまひとつ美遥と全く同じような接し方ができない。

けれど、それで今までやって来られたのだから、これでいいのだろう。美遥のわがままばかり聞いてしまっているような気がしないでもないが、そもそも性格が違う。美遥ばかり甘やかしていやしないかと時々心配にもなるけれど、九十九やはなちゃんにだって甘えられるのだ。みんなでちょっとずつ甘やかしていけばいい。

……九十九とはなちゃんも、甘えてくれるまではいかなくても、たまにはへにゃっとしてくれたらうれしいのになあ。

「うーん、さすがに無理か」
「ん?」

思わず口に出てしまっていたのだろう。隣を歩く琳太がこちらを見上げている。なんでもないよと言って前を向くと、ポケモンセンターはもう目の前だった。

ポケモンセンターの、どの街でも変わらない内装と明るいBGMに安心感を覚える。先ほどプラズマ団と戦ってもらった際の傷を治療してもらおうと、カウンターに向かった。活気がある街とは言えず、ロビーも人が少ない。
活気がない、というのは決して悪い意味ではなくて。ほのぼのとした田舎町に近い雰囲気がしたのだ。時間の流れが何となくスローな感じもする。それがカノコタウンのようにも感じられて、懐かしさが心を掠めた。

ホドモエシティが海の玄関口ならば、ここフキヨセシティは空の玄関口。何か面白そうなものはないかと思いつつ、街のパンフレットをぱらぱらめくっていく。
そういえば、フウロさんが先に行ってしまったタワーオブヘブンって、どんな建物なんだろう。天国の塔ってことは、天国に近いくらい、とても高い塔なのだろうか。来るといい、と言ってくれたくらいだから、この辺では有名な観光スポットなのかもしれない。きれいな景色が高いとこから見渡せるのだろうか、と勝手な想像を膨らませながら、カラフルなページを眺めていた。

「……!」

音がした。
確かに、音がしたのだ。
それは音というよりも、人の声に近いかたちで鼓膜を揺さぶった。ポケモンセンター内のBGMが遠のく。意識だけがふわふわとどこかとても遠いところへさまよい出て、その仄かな音に吸い寄せられているようだった。

激流の中のひとしずくが、ぽたりと小さな波紋を作り上げるような、ささやかな響き。それがどうして聞こえたのかはわからないけれど、聴かなければならないような気がした。

もっと、もっと、近くで聞かせて。聴きたいの。
なのに、もう何も響かない。
天使のくすくす笑いのような音を、一度きり。耳たぶを直接くすぐられているような感覚がして、背筋が粟立った。
きいてはいけない気がするのに、ききたいという気持ちが止まらない。もっと知りたいと思ってしまう。その気持ちがどうして沸き上がってくるのか自分でもわからずにいた。困惑する意識を置き去りにして、耳だけが今にも天高く飛びだしてしまいそうだ。

「おう、どうしたんだよボケーっとして」
「リサ、眠い?」

目の前に影が差して、一気にわたしの意識は現実へと引き戻された。突然誰かがわたしの聴覚のボリュームをいじったかのように、BGMがはっきりと聞こえだす。うるさいと思ってしまうほどだった。
もう一度、今度は大きめに身震いする。いきなり空調の効いた屋内に入ったから、身体がびっくりしてしまったのだろう。
そう結論付けて、わたしはずっと同じページを開きっぱなしにしていたパンフレットを本棚に戻したのだった。




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