クオリアの見た色‐06 

Nが次のボールを手に取る。そこから飛びだしたポケモンが何なのかを確認する前に、ズシン、と地鳴りがして、暗い赤色がわたしとNの間に立ちふさがった。

「え!?」

それは身体をしならせて、丸くなったかと思うと、一直線にNへと向かっていく。しかし、毒々しい色をした身体が捕らえたのはNではなく、出てきたばかりのポケモンだった。

『逃げるぞ!』

ばちん。
洞窟には似つかわしくない、強すぎる光が弾けた。はなちゃんが制御しきれていなかった頃の電撃のような、目を射る光。目を開いているのか、それとも閉じているのか。それすらわからないほど強く印象付けられた閃光は、彼らが行方をくらます時間稼ぎには、十分すぎた。

「トモダチを助けに来たのか……」

どういうことかわからずにいるわたしをよそに、Nが感慨深げにつぶやいた。

「あのデンチュラは、この洞窟の入り口を塞ぐために利用されていたらしいんだ。その後、団員たちから逃げ出したと聞いていたけれど、さっき見つけてね。怪我をしていたから、ボクが保護した」

Nも、ポケモンの言葉が理解できる。だから、デンチュラからいきさつを聞いていたのだろう。いずれ迎えが来るかもしれない、きっと来る、とデンチュラは言っていたのだという。それがあの、大きなポケモンだったようだ。一瞬しか見ていないから、どんな姿をしているのかはほとんどわからなかったけれど。

「ガントル、」

もう一度繰り出されたガントルに、先ほどまでデンチュラが入っていたボールが放り投げられた。ガントルは、それが地面に落ちるか落ちないかのタイミングで足を上げ、勢いよく振り下ろした。めきめきと、金属製の球体がへこみ、抉れ、砕ける。もはや使い物にならないだろう。
それを確認したNは、満足げにうなずいて、ガントルをボールに戻した。

「あのロックブラストでけりをつけられると思っていた。でも、そうじゃなかった。あのとき勝利を確信した時点で、ボクは劣っているのかもしれない……」

Nの言葉、その語尾に、悔しさが滲んでいる。

「こんなことで、伝説のポケモンとトモダチになれるものか……!!」

これ以上戦うつもりはないという風に、くるりとNが踵を返す。
不思議と、消化不良だとは思わなかった。むしろ、これでよかったのだとすら、思えていた。
確かにあのとき、ロックブラストを防ぐことは出来た。わたしが琳太の目になればいいということもわかった。けれど、あの後もうまく琳太の目になれていたかと言われると自信はないし、岩から抜け出す方法も考えていなかった。

琳太をボールに戻して、もう一度出す。琳太を押さえつけていた岩が、バランスを崩してごろりと転がったのを横目に、琳太の顔をタオルで拭う。琳太の真っ黒な毛並みがつやを取り戻すころには、タオルが真っ黒になっていた。

「いこっか」
『ん!』

どこからか、ベルとアララギ博士の声が聞こえてくる。洞窟に反響していて、いったいどの方向に彼女たちがいるのかはわからない。けれど、なんとなく、会う気にはなれなかった。

デンチュラたちは無事に洞窟から出られただろうか。話したこともないポケモンのことを、ぼんやりと思う。ああやってポケモンがいなくなっても顔色ひとつ変えず、むしろ喜んでボールを壊して「解放」するところは、やっぱりわたしと相容れない。
けれど、ポケモンを大切に思っている気持ちがそこにあると分かってしまうから、憎みきれなくて、敵だと割り切れない。

「難しいね」

琳太がわたしの言葉にきょとんとした顔をしていたけれど、それには答えず、手を握った。砂で少しざらついた5本の指を持つ手のひらは、琳太が頑張った証だった。


「ぬけたー!!」

まぶしい、と顔のパーツを中心に集めたような顔をする琳太に、思わず笑みがこぼれる。
洞窟を抜けるとすぐ、フキヨセシティの街並みが、目の前いっぱいに広がった。向かって左側に見える、だだっ広いコンクリート地の場所は、飛行場らしい。明暗の差になれず、しばらくぼうっとしている間にも、いくつかの飛行機が飛びたって、鳥のように青空を駆けていく光景が見られた。

「おお!おまえさん!」
「……?」
「そこの黒髪の!」
「え?」

黒髪の、と言われても、わたしも琳太も黒髪だ。ただ、彼の目線がわたしに合わせられているから、わたしのことだというのはすぐにわかった。やけに親しげな顔を向けてくるけれど、面識のない人だ。

「お前さん、リサだろ!私の名前もアララギ!」

お前さんにポケモンと図鑑を託したのは私の娘なんだ!そう言って屈託なく笑い掛けてくるおじさんに、少しだけ緊張がほぐれた。確かに、さっぱりとした話し方と、笑ったときの目元が、よく似ている。
そして、彼の後ろからひょっこりと姿を現したのは、青い目の少女。わたしより少し年上のように見える。おへその出た大胆なデザインの衣服を身にまとい、身軽な印象を受ける。

「アララギ博士、そちらのトレーナーさんは?」
「おお!おう!すまんすまん。フウロくん、こちらはリサくんといって、私の娘の知り合いだよ!」
「そうなんだ!だったらジムに挑戦するでしょ?」

とっても楽しみ!と手を合わせて喜んでいるフウロさんに、話が全く見えて来ない。わたしが置いてけぼりなのを察したのか、またアララギ博士が「すまんすまん」と言った。

「リサくん、こちらはフキヨセシティジムリーダーのフウロくんだ。ぜひ挑戦するといいぞ!」
「えっそうなんですか!?」

びっくりしてフウロさんの方を見る。わたしとそう変わらない年齢の女の子が、街のジムリーダー。
でも、よくよく考えてみると、ジムリーダーって不思議な人ばかりだ。レストランを経営していたり、モデルをしていたり。それだけで生きていけそうなのに、ジムリーダーを兼ねている。どちらかをおろそかにすることなく、どちらにも本気で向き合っている。
年齢なんて関係なく、そのひたむきな姿勢こそが、彼らをジムリーダーたらしめているのかもしれない。




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