クオリアの見た色‐05 

美遥のかわりに出てきてもらったのは琳太。洞窟暮らしで目が悪いというのはデメリットになるだけではない。視力がさほど良くはないから、ミルホッグの視線をとらえてしまう確率はぐっと下がる。それに、薄暗く閉塞感のあるこのフィールドは、琳太のホームグラウンドといっても差し支えない。

「琳太、りゅうのはどう!」
『ん!』

ゴウ、と青白い炎が、琳太の口から漏れ出る。吐き出された光が勢いよくミルホッグを後方へと押しやった。吹き飛ばされて岩壁に激突したミルホッグは、そのままぐるぐると目を回して動かなくなった。

「ちっ、オレの負けかよ……仕方ない」

教えてやる、と言われて男がくれた情報は、「ゲーチスがわたしを試そうとしている」という内容だった。もう知っているとも言えず、ぎこちない表情のまま、わたしは男がすごすごと去っていくのを見送ることしかできなかった。

さて進むか、というところで、美遥のボールが勝手に開いた。どうやら目が覚めたらしい。あたりを見渡してから、不思議そうに首をかしげ、わたしを見上げる仕草をした。

「もう終わったよ」
『えー!?』

抗議するように美遥は両翼をばたつかせた。別に体力が尽きてしまって戦闘不能になったわけではなかったから、まだまだやれる、と本人はやる気でいたのだろう。
けれど、まさか眠っているポケモンをそのままにしておくわけにもいくまい。手持ちが美遥だけだったならば道具の使用も考えたけれど、琳太たちがいたから、あとは任せることにしたのだ。

「美遥、あのね、」

それに、わたしはなんとなく、さっきのバトルが今までと違うような気がしていた。うまく言えないけれど、以前よりも呼吸が合っていたような感じがしたのだ。

「さっきのバトル、美遥が練習したの、すごく伝わってきたよ」
『ほんと?』

小さな美遥の視線に合わせようと、ひざを折る。じっと目を見つめていると、やがて、かすかに美遥がうなずいた。

「またいくらでもバトルはできるから、今回は、琳太と半分こ。ね?」
『はんぶんこー!』

わたしと琳太の言葉に、今度は大きくうん、うん、と美遥がうなずく。

『じゃあ次はリサのこと、ひとりじめできるくらいがんばるぞ!というかひとりじめする!!』

美遥から前向きな言葉が飛び出したことに、思わず笑みがこぼれる。バトルの後は美遥が肩を落としていることが多かったから。

念のためにキズぐすりを使って軽く手当てをしてから、足を進める。そのあとも何人かのプラズマ団員が立ちはだかりはしたものの、なんとか大きなアクシデントもなくその場を切り抜けることができた。Nが気にしているトレーナーだからという理由で食ってかかるような団員もいたけれど、正直こちらとしては迷惑以外の何物でもない。

突き当りの階段を上ると、その先でNが待ち構えていた。

「多くの考えがまじりあい、世界は灰色になっていく……。ボクにはそれが許せない」

ポケモンと人間を切り離し、白黒はっきり分ける。そうしてこそ、ポケモンは完全な存在になれる。
それが叶えるべき夢なのだと、Nは言い放った。彼の淡白な声が、熱量をこ秘めて洞窟の壁に反響する。

どうあがいても、Nの言葉はわたしたちを否定する以外の意味を持ち得ない。
はっきり分けたその先にある世界に、わたしとサツキの居場所はあるのだろうか。

「リサ!キミにも夢はあるのか?」

Nの夢は、この世界を根幹から揺るがすような考えを実現させること。いわば世界への挑戦だ。わたしの夢は、それに比べたらささやかで小さくて、きっと誰かの考えを変えてしまうようなものではない。たどり着いたその先にいるあの人に会って、どうするかすらも考えていない。会ってみたいという、漠然とした思いだけ。

……それでも。それでも、負けたくなかった。ここで負けてしまうと、自分の存在そのものを否定されているようで、それだけは嫌だった。世界がNの手によって変えられてしまうことを止めたいんじゃない。ただ、自分のために。わたしが、わたしであるために。

「夢がある……それは素晴らしい。……キミの夢がどれほどか、勝負で確かめるよ」
「……」

ぐっと唇をかみしめる。痛みすら感じないほど、痺れるほどに強く。
ここで負けてしまえば、わたしは消えてしまうのかもしれない、なんて。そんなことあるわけないのに。Nがどう思っているのかは知らないけれど、これまでで一番、わたしの頭を「勝利」の2文字が埋め尽くしていた。

「ガントル!」
「琳太!」

岩を組み合わせて構成された身体が、がちがちと足で地面を鳴らして威嚇する。それに応えるかのように、琳太も口の端から青白い炎を漏らしていた。

「琳太、りゅうのはどう!」
「すなかけだ!」

りゅうのはどうは砂煙の奥に消えた。相手がどこにいるのか把握できないでいるうちに、琳太へとどろかけがヒットする。頭を左右に振って、顔にかかった泥を振り落そうとしている琳太に、いくつもの岩の塊が飛んでくる。

「ロックブラスト!」
「琳太、伏せて!」

砂煙が収まった頃、目を凝らすと、琳太が立ち上がろうとしているところだった。しかし、思うように体が動かないようで、よろめいている。よくよく見てみると、尻尾が岩の下敷きになっていた。身体への直撃は免れたらしいが、これでは身動きが取れない。

もう一度、ロックブラストが飛来する。今度こそ、まっすぐに琳太を狙っている。


目も見えず、身動きも取れない。そんな琳太に出来ること。
考えろ。わたしが今、出来ること。

「……、琳太!正面!りゅうのはどう!」
『ん!!』

わたしが琳太の目になろう。琳太はわたしの言葉に瞬時に反応して、ぱかりと大きく口を開けた。りゅうのはどうはロックブラストの勢いを打ち消すたての役割を見事に果たした。けれど、それだけではガントルに届かない。

「ほえる!」

このまま戦い続けるのは厳しい。そう思って、強制的にポケモンを交代させるわざを選んだ。洞窟に反響した琳太の唸りは、ガントルをひるませるには十分だったようで、勝手にボールの中へと吸い込まれていった。




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