クオリアの見た色‐04 

そばを通るたびにぱちぱちと微かに音を立てる巨石たち。見えない何かで肌を撫でられているような感覚がするのが気持ち悪いのか、美遥はしきりに両腕をさすっていた。そんなことをしてしまっては、余計に静電気が溜まりそうなものだけれど。

少し歩いたところで、洞穴内に明るい声が反響した。わたしの名前を呼んでいる。
振り向くと、小走りでベルが駆け寄ってきているところだった。勢いをほとんど殺さずそのまま突っ込んできたベルは、両手を広げている。わたしも両手を開いて出迎えて、軽くハグをした。

「ねえ、この浮いてる石、押せば動くんだよ!」
「え、本当に?」

静電気特有のさわさわする感覚をそのままに、目の前の巨石を押してみる。すると、見た目に反してそれは軽く、少しの手ごたえと共に、ゆっくりと浮遊している石が素直に動き出した。
それを見た美遥は、静電気のことも忘れて身の回りにある小さな石を夢中でつついている。

「ほらね!あ、博士ー!」

ベルがわたしの後ろに向かって手を振る。ぽん、とわたしの肩に手を置いたアララギ博士は、久しぶりね、と微笑んだ。
ベルはアララギ博士の護衛として一緒に行動しているのだという。アララギ博士はポケモンの起源を調べていて、その関係でこの洞穴を調査しているらしい。

「あの、博士、プラズマ団見ませんでしたか?」
「プラズマ団?」

博士よりもいち早く反応したのはベルだ。手持ちのポケモンをさらわれてしまったことのある彼女にとっては、名前を聞いてしまうだけでも警戒心がわいてしまうのだろう、きゅっと顔をしかめている。

「さあ……この洞穴では見かけてないけれど。何かあったの?」
「い、いえ、ちょっと気になっただけなんで」

博士たちが見かけていないということは、もっと奥の方にでもいるのだろうか。余計な不安を煽るのもどうかと思ったので、わたしは適当にお茶を濁した。博士とベルが一緒にいるのなら大丈夫だろう。ベルだってヒウンシティの時のようにはならないだろうし。

わたしは曖昧な相槌ばかりを返してから、奥に見たいものがあると言ってひとり、浮遊する石の間をかいくぐって地下へと続く階段を下りた。ベルたちと出会ったところは、道がいくつかに分かれていたが、彼女から見せてもらった地図をもとにすると、こちらに進めばおそらく洞窟の最奥部となる。そういうところに彼らがいそうな気がしたのだ。

地下と言っても、上の階と明るさはそう変わらない。地下にも同じようにほんのりと発光している石があるおかげで、ある程度は見渡すことができた。目が薄暗さに慣れてきたというのもあるのだろう。暗順応か、と思い、そういえば琳太と出会う前にも同じことを思ったのだ、と気づく。

無意識に琳太の手を握っている方にの指先に力が入っていたらしく、琳太は立ち止まってわたしの顔をひょいっと下から覗きこんできた。

「どうしたの?」
「ちょっと懐かしくなっちゃって」

琳太と会ったときのこと、わたしはよく覚えている。出会った後に起きた、たくさんの出来事も。だからわたしはあの場所にもう一度行きたいと思えるし、琳太と一緒に前に進むのだ。一番の旅の理由を与えてくれたあの場所に。

先に進むと、またしてもダークトリニティが待ち伏せており、音もなく背後から現れたかと思うと、プラズマ団がいるというところまで連れていかれた。
この先にプラズマ団がいる、と言い残して、またしても消えてしまったダークトリニティ。本当は人間ではなくてポケモンなのではないかと思うほどに神出鬼没で素早い。

「いや、人間だと思うぞ……人間離れしてることは否めねえけど」

はなちゃんがそう言うのなら、ちょっとすごい人たち、くらいに思っておくことにしよう。

曲がりくねった一本道を進んでいくと、プラズマ団の男と目が合った。どうやら本当に待ち構えていたようだ。ハッとした表情を見せた男が、すぐにモンスターボールを放り投げてきたため、わたしも慌てて傍らにいた美遥の顔を見た。

「美遥、いける?」
『おう!がんばってたくさん練習したんだからな!』

元気いっぱいに小さな羽を広げ、美遥が臨戦態勢に入った。
プラズマ団はメグロコを繰り出してきたものの、すぐに攻撃を仕掛けてくるようなことはせず、こちらに声を掛けてきた。

「オマエ、誰かに操られてここに来ただろう」
「えっ、まあ……」
「オレに勝てたらその秘密、教えてやるよ」

不敵に笑い、プラズマ団の男はメグロコに指示を出す。美遥はそわそわと落ち着きなく身体を震わせて、わたしの方を振り返った。

「かわして!」

大きく開いた口が、美遥のいた場所をとらえ、虚しくがちりと空気を噛む。飛びあがった美遥は、そのまま自由落下でメグロコの鼻先に翼を打ち付けた。もんどりうってメグロコがひっくり返る。

「げんしのちから!」

いくつもの岩が美遥の周りに漂い、くるりと一周したかと思うと、弾丸となってメグロコに降りそそいだ。
男は慌ててメグロコをボールに戻し、ミルホッグを繰り出す。

「さいみんじゅつ!」
『ん!?うお……?』

技を撃った後で気の抜けていたらしい美遥は、もろにミルホッグの目を見つめてしまった。とろん、と半目になり、地面にへたり込む。今にも頭を地につけて寝入ってしまいそうだ。

「美遥!美遥!……戻って!」

呼びかけた声が洞穴内に反響し、霧散してしまう前に、区切りを付けた。返事がないのならば仕方ない。きっとしばらくは起きないだろう。



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