クオリアの見た色‐02 

ポケモンセンター内にあるバトルコートを借りて、バトルの練習をした後。ヤーコンさんに言われたとおり、わたしたちは電気石の洞穴の前で待っていた。


「美遥、疲れた?」
「ううん!おいらまだまだやれるぞ!」


洞窟の中でも野生のポケモンたちとバトルすることになるだろう。手狭な空間は、はなちゃんや九十九にとって不利な場所。そうなると、琳太と美遥に頑張ってもらうのが一番いい。

「それにしても九十九、本当に大きくなったよね」
「そう、かな……?」

まあ原型が大きくなったからね、と言って九十九はわたしから顔を逸らした。どうやらわたしが見すぎたことで照れてしまったらしく、静かにはなちゃんの陰に隠れている。とはいえ、もうその体格では隠れようがない。はなちゃんからも近いと嫌がられてショックを受けていた。ちょっとかわいそうだ。

まだ見慣れないからとじろじろ見上げすぎたのを反省して、ホドモエシティの方向に目を凝らす。もうそろそろヤーコンさんが来てもいい頃なんだけれど。

「リサ、これ、何?」

琳太が指さすのは、洞穴の入り口。言われてからよくよく目を凝らしてみると、青白い糸が、いくつも無尽蔵に入り口を塞ぐようにして張り巡らされていた。試しに手を近づけてみると、それは小さく音を立てて、火花を散らす。びっくりして、思わず「うわっ」と叫んでしまった。異変に気付いたはなちゃんたちが、一斉に振り向く。

「電気の糸、か?」

はなちゃんは糸に触れて、顔をしかめた。電気タイプだから耐性があるのだろう。わたしは近づいただけで身体中に静電気よりも強い痺れが駆け抜けたから、これ以上は近づけない。
もしかして、ヤーコンさんが待てと言っていたのは、この糸のことを知っていたからなのだろうか。

「ヤーコンのおっさんを待つべきだろうな。……お、来た」

一番にヤーコンさんを見つけたのは、はなちゃんだった。先に見つけたかったとつっかかる美遥の頭をぐりぐりと押さえている。
ヤーコンさんはまっすぐやって来て、洞穴の入り口の前に立つ。彼がモンスターボールを手に取ったので、わたしたちは場所をあけた。

「待たせたな。これはデンチュラというでんきタイプポケモンの巣だな」
「デンチュラ?」
「ああ。なんでこんなところに巣があるのかわからんが、困っている人間がいるならなんとかするのもジムリーダーよ。やれい!ワルビルっ!!」

ボールから出てきたワルビルは、土煙を上げて入り口に突進した。そして勢いを殺しきれず、洞穴の奥まで駆け抜けて姿が見えなくなったかと思うと、重たげな足音を立てて戻ってきた。
ワルビルが頭を振るたびに、頭についた細い糸の残骸が、陽光を反射しながらはらはらと落ちた。

「ワシにはおまえの才能がどれほどのものかわからんが、行けると思うならどこまでも、やれると思うならいつまでも、好きなようにやればいいじゃねえか。限界を決めるのは自分ってことだ」

ヤーコンさんはわたしを見送るとき、そう言った。彼は旅立っていく新米トレーナーに送る言葉として、何気なく言っただけなのかもしれない。けれど、どっちつかずであいまいな存在である私にとって、その言葉は深く響いた。

わたしにも、わたしが決めていいことがある。好きなようにやってみたらいい。存在していることを認められたような気がして、少しだけ、光が見えたような感覚になった。

だからだろうか。洞穴に入ったとき、ほとんど暗さを感じることはなかった。
いや、気の持ちようのせいもあるのかもしれないが、そもそもこの洞穴はそんなに暗くないみたいだ。あたりに漂っている石が、ほんのり明るいのだ。石が浮いている、だなんてありえない話だけれど、本当に、地面から離れている。自分の拳くらいの大きさの光っている石をそっとつついたら、さわさわと静電気に近い感触がして、押されるがままに空中を泳いだ。

「この石も、電気がたまってるのかな」
「ああ、そうみたいだ」

周囲にあるほんのり明るい石のおかげで、洞穴独特の不安な気持ちを掻きたてる何かはあまり感じられない。ヤーコンさんが今しがた洞穴の入り口を通れるようにしてくれたからか、人の気配もなく、静かだ。おかげで美遥とも琳太とも手を繋いだまま、ゆっくりと洞穴の中を見渡しながら歩くことが出来た。

「……来い」

声と姿は、ほぼ同時だった。

両手の塞がったわたしの前に、音もなく男が現れたのだ。一瞬のことに、身動きが取れない。声が後ろから聞こえてきたのを考えるに、きっと挟まれているのだろう。下手に動くことは出来ない。前にいる人間はポケモンを取りだす様子もなく、凶器も持っていないが、後ろの人間もそうだとは限らない以上、大人しく従うしかないようだ。

首だけをひねって後ろを確認すると、わたしたちをはなちゃんと九十九から分断させるようなかたちで、前に居る男と瓜二つの男がいた。背格好も同じで、露出の少ない服装をしているから、まったくもって見分けがつかない。

わたしが再び前の男を見つめると、男は黙って歩きだした。ついて来い、ということだろう。力のこもった両手で、強めに小さな手のひらたちを握り締め直して、わたしは短く息を吐いた。




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