クオリアの見た色‐01 

疲れていたはずなのに、眠りは浅く、たくさん夢を見たような気がする。
琳太が宙に浮いていて、わたしを見て笑っている。美遥がわたしの髪を引っ張って、どこまでもどこまでも長く引き伸ばして、やがて地平線の彼方まで走り去ってしまった。わたしは歩きだそうにも髪の毛が引っ張られているせいでうまく前に進めない。そうこうしているうちに美遥が消えた方から夕闇が迫ってきて、いつの間にかはなちゃんがわたしの足元でうずくまっていた。

目覚ましの音で目を開けると、薄暗い天井が視界に広がった。
……よくよく考えてみれば、わたしの髪の毛があんなに長いはずがない。なのになぜだか気になってしまった、わたしは寝転んだ姿勢のまま、そっと美遥の方に寝返りをうとうとした。

髪の毛がぎゅっと掴まれる感覚がして、背筋が凍る。もしや、まだ夢の中なのだろうか。後ろが見えないので、おそるおそる、毛先の方に手だけを持っていくと、美遥がわたしの髪を掴んで眠っているらしかった。起き上がろうとすると痛いから、ちゃんとこれは現実のようだ。


「リサさん、起きた?」


聞きなれない低い声がして、わたしはびくりと身を震わせた。髪が引っ張られてちょっと痛い。懐にいる琳太がもぞもぞと寝返りをうった。

はなちゃんよりも荒っぽくなくて、落ち着き払った声の主は、なるべく音を立てないようにと、静かにカーテンを開いた。逆光の中で細長いシルエットが揺れる。


「つづ、ら……?」
「うん、そうだよ。ぼくは、九十九」


またこの髪色になったんだ、と言って、九十九は笑う。腰あたりまである長い髪は、ふわふわと落ち着きなく跳ねまわっていて、朝陽を反射しては好き勝手に光っていた。

真っ白な髪が綺麗だったから、九十九髪からとって、九十九。夕陽を映して綺麗に輝いていたあの髪は、朝の陽射しにも、よく映えていた。
けれども欲張りなことに、九十九の瞳は、朝焼けとも夕焼けともつかない、傾いた陽の色をしている。透き通った、東雲色。照れくさそうな表情をする彼に、とてもよく似合う色だった。

九十九がゆっくりと、美遥の手を開き、わたしの髪を解放してくれた。礼を言って起き上がると、思ったよりも九十九の顔が遠くにあるので驚いた。はなちゃんほどではないだろうけれど、結構な高身長だ。


「ほら琳太、起きて」
「んー……あんただれ……」


琳太が九十九に毛布をはがされて、ベッドから転げ落ちた。寝ぼけまなこの琳太は、何度も目を擦って目の前の人物を凝視する。そして……。

「つづらー!!」
「う、わっ!?」

擬人化した姿が違っていても、雰囲気でわかったのだろうか。琳太はにわかに目が冴えた様子で飛び起きて、九十九の腰に体当たりをかました。帯に額を擦り付けて、抱き着いている。

……初めて出会ったときは、琳太が九十九を引っ張り回していたっけ。あとから困った顔で琳太の背中を追いかける九十九は、今はもうここにはいない。ここにいるのは、琳太のことを受け止めて、でもやっぱりされるがままの九十九。

いつの間に、二人の距離は、立ち位置は、こんなに変化したのだろう。九十九がどんどん大人になっているのだから、きっといい方向に向かっているということはわかる。
でも、もうわたしたちの影に隠れて怯えていたあの小さな姿がどこにもないと思うと、ちょっぴり寂しいのだ。親心というやつだろうか。

琳太と美遥も、いつかわたしを追い越していくのだろう。その日が楽しみでもあり、寂しくもある。

「もうすっかり九十九もお兄さんだよね」
「んー?はなにいちゃんは、はなにいちゃんだけど、九十九は……九十九は九十九!」

きっぱりそう言いきった琳太は、九十九の後ろに回って髪の毛で遊び始めた。

「ちょっと、琳太、」
「もふもふー!」
「もう……」

ああ。困った顔は、ずっと変わらない。あの時のままだ。二人の間では、進化しても、見た目が変わっても、関係性に変化が起こることはないのだろう。

見た目が変わっただけでこうも身構えてしまうのは、わたしが人間だからだろうか。ポケモンとは時間の流れがずれているような気がしてならないのだ。彼らはわたしよりもはるかに速い速度で成長し、変化し、生きている。けれど、あるところまで来ると、その成長も頭打ちになって、あまり見た目が変わらなくなる。そうしたら、いつかわたしが彼らを追い越すだろう。

お父さんがいい例だ。お母さんよりは長く生きているらしいけれど、あまりお母さんと見た目が変わらない。それどころか、少し若く見えるくらいだ。

それと、サツキ。生まれて数年ほどなのに、わたしと同じような年頃の子どもに見える。サツキが進化したら、きっと一気にお父さんみたいな大人の男の人になるんだろう。そうしたらわたしは、妹になるのだろうか。それとも、双子のままなのだろうか。

よく、わからない。けれど、きょうだいであることに変わりはないとも思う。
……サツキが進化してから考えればいいことだ。そう結論付けて、わたしは美遥の身体を軽く揺らした。




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