リバース・リバース‐09 

ロビーで琳太たちが回復するのを待っていると、チェレンの姿が目に入った。トレーニングルームから出てきたようで、彼もポケモンを預けている。振り向いたときにわたしに気付いて、手を振ってきた。

「これからジム戦?」
「いや、万全を期したいから挑戦は明日にするよ」

がんばってね、とポケモンセンターを出ていくチェレンの背中を見送る。
それと入れ替わるようにして、わたしを呼ぶアナウンスが聞こえてきた。

「リサ、おれ、ごめん、まけて、ごめん」
「リサ、リサ、ごめんなさい!あの、えっと、」
「ちょ、ちょっと落ち着いて!」

ボールから飛びだすなり擬人化してわたしに飛びついてきた琳太と美遥。琳太はぎゅっと唇をかみしめうつむいていて、美遥は涙目だ。今にも泣きだしそうな二人を抱え込むようにして、宿泊用の部屋に移動する。

美遥が負けたことを、わたしは責めようだなんて思ってない。琳太も同様だ。わたしがもっと気を付けていれば、うまいバトル運びができただろうに。もっと活躍させてあげられただろうに。確かに琳太が負けたところを見るのは初めてで、とてもショックだったけれど、逆に今まで琳太が無敗だったのが不思議なくらいだと、今では思っている。だって、ひよっこトレーナーのわたしの頼りない指示でも、琳太は必ず勝利を持ち帰って来てくれていたから。

二人は部屋に入ってからも、ずっとわたしの服の裾を掴んだまま動かない。

「わたしは怒ってないし、責めようとも思ってないよ。もちろん置いて行こうだなんて思ってない」

「捨てる」という言葉は口にするのが怖かったので、あえて言葉を濁した。
二人の表情はなおも晴れず、うん、とか細くどちらかが返事をしただけだ。どこが腑に落ちないのだろうか。

「リサ、おれたちのこと、怒ってないって言うけど、あきれてる?」
「ううん、あきれてないよ」
「じゃあ、おいらがバトルしたくないって言っても、あきれない?怒らない?」
「うん、呆れないし怒らないよ」

そっか、と美遥はつぶやいた。それがほっとしたようなものではなく、残念そうな響きを持っていたのが引っ掛かる。でも、これはわたしの本心だ。怒るつもりはないし、むしろ私の勉強不足のせいだと思っている。いつだって、この子たちに見合うトレーナーになりたいと願っている。

「わたしは九十九がバトル出来ない時も怒ってなかったでしょ?美遥がそう言いだしても、怒らないよ。ちゃんと待つから」
「いつまで?」
「え?」
「いつまで待ってくれるの?待ってばかりでずっとおいらが何もしなくても、それでも待つの?」

何か、わたしは間違えてしまったのだろうか。美遥にされるがまま揺さぶられながら、何がこの子を動揺させてしまったのかと考える。けれど心当たりがない。
そんなわたしを助けてくれたのは、美遥の名を呼んだはなちゃんの鋭い声だった。

「リサだってジム戦で疲れてんだ、今日はゆっくりさせてやれ」
「うん……」

しぶしぶといった様子で、美遥はわたしから手を離した。

「リサ、」
「うん?」
「おれのこと、また、バトルさせてくれる?」
「うん、琳太が良ければもちろん」

返事を聞いた琳太は、まだ何かもの言いたげだったけれど、ひとまずは落ち着いたのか、「ん」といつものように返事をして、ベッドに倒れ込んだ。

シャワーを浴びて、起きているはなちゃん、それから途中で琳太も加わって、明日の計画を立てる。ホドモエシティを発つのはお昼として、午前中に街中を見てまわって、あとはバトルの練習がしたい。ここ最近、より一層自分の力不足を痛感することが多かった。バトル面でも精神面でも、彼らに支えてもらってばかりだから、少しでも、近づきたい。与える側に、なりたい。

さっきから沈黙を貫いている九十九は、今だにボールの中だ。疲れ切っているのだろう、少しも振動すらしないものだから、空っぽなのではないかと思うくらいだった。

もう寝ようかという時になって、美遥が部屋の隅でずっとこちらを見ていたことに気付いた。てっきり先に寝たと思っていたのだけれど。

「美遥、一緒に寝る?」
「いい。おいら、ボールで寝る」

美遥に断られたのは初めてだ。いつもならこちらが言わずとも勝手にわたしのベッドにもぐりこんでいるというのに。部屋の隅で小さくなっている美遥は、暗く固い殻に閉じこもっていた。その手前、尋ねるのは気が引けたが、仲間外れになってしまいそうだったから、言わないわけにはいかなかった。それに、今いちばん一緒に練習した方がいいのは、新入りの美遥だ。

「そっか。あのね、明日、ポケモンセンターでちょっとだけトレーニングするんだけど、付き合ってもらえ……る?疲れてるならいいんだけど……」
「……!いいの!?おいらやりたい!やる!」

途端に目を輝かせた美遥の豹変具合に混乱しながらも、それじゃあよろしくと言っておく。さっきのは一体何だったのだろう。蒸し返すのは気が引けたので、おやすみを言ったら、もう何も言わないことにした。
それじゃあ、とベッドに戻ろうとすると、小さな手が控えめにわたしを引き留めた。

「あのね、リサ。……一緒に、寝てもいい?」

少し気まずそうに、けれど嬉しそうに、もう片方の手でわたしの服の裾を掴んだ美遥の頭を撫でて、ベッドまで手を引く。先にベッドにいた琳太はもう半目だったけれど、それでもわたしと美遥のために場所をあけようとして転がり、一枚しかない薄い毛布をもぞもぞと巻き取っていた。
ミノムシみたいな琳太をはしっこに転がして、三人分の場所を確保、毛布も広げて平等に。
両脇に二人の体温を感じながら眠ることが、何故だかいつもよりもありがたく感じられたのだった。


18.リバース・リバース FIN.



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