リバース・リバース‐08 

審判は戦闘不能の旗を上げなかった。まだ九十九が四つの足で踏ん張っているからだ。

「ほう、ダイケンキに進化したか。戦闘続行ということでいいんだな?」
「はい……!」

進化して、傷が癒えるわけではない。体格は九十九がドリュウズを大きく上回ったものの、こちらが不利であることに変わりはないのだ。

「ドリュウズ、じならしだ!」
「アクアジェット!」

フタチマルだった九十九のアクアジェットが弾丸なら、今の九十九のそれは砲弾だった。速度も威力も桁違いだ。跳躍してじならしを回避し、一瞬で間合いを詰める。そして頭の角を一閃。今度はドリュウズが吹き飛ぶ番だった。

「ドリュウズ!」
「もういちどアクアジェット!」
「いわなだれだ!近づけさせるな!」

九十九とドリュウズの間に荒く砕かれた大小様々な岩石が降って来て、九十九を足止めした。それをみずのはどうで押し流したときには、もうドリュウズの姿が消えていた。ドリュウズがいたであろう場所には、ぽっかりと穴が開いている。

どこから来るのだろう。前?後ろ?それとも……。そこまで考えて、これ衣裳記憶を呼び覚ますまいと首を横に振る。大丈夫、ジム戦なのだから。もうあんなことにはならない。

九十九はじっと動かず、わたしを見ていた。目が合ったのはほんの一瞬なのだろうけれど、とても長い間そうしていたような気がする。
ざわめいていた心が平静を取り戻し、穏やかに凪ぐ。

・・・・・・出てきた、真下だ!九十九にドリュウズが勢いよく突っ込み、巨体が揺らぐ。でも、もう、わたしは目を逸らさなかった。

「リベンジ!」
「何!?」

よろけながらも、九十九は咆哮をあげた。腹の底に響くような、重厚で勇ましい声だった。それによって動きが止まったドリュウズを、九十九の前足についた小さな刀が一閃し、薙ぎ払う。それから燃えるような輝きを放つ目をして、九十九は大きく振り被った。

「シェルブレード!!」

光の軌跡が瞳に焼き付く。その残滓が空気に融けていくころには、もう審判の旗が上がっていた。

「ドリュウズ、戦闘不能、ダイケンキの勝ち!よって勝者、チャレンジャーリサ!」

九十九は自分の足で立っていた。全身傷だらけで、肩を上下させている。もう立っているのもやっとだろう煮、わたしのところまで来てくれた。

「九十九、九十九……!あり、がとう!」
『どういたしまして』

ぎゅっと首元に抱き着く。もう抱っこもできないし、ブラッシングも大変だろう。その代わり、こうして抱き着けば応えてくれる。寂しい気持ちもあるけれど、喜びと感謝の気持ちの方がずっと大きかった。

「参ったね……言っておくが、オレさま手加減はしてねえぞ」
「ヤーコンさん……」

フィールドの向こうから、ドリュウズをボールに戻したヤーコンさんがやって来る。わたしを見、それから九十九を見、鼻を鳴らした。

「なるほど気に入らないな!はじめは生ぬるいガキかと思っていたが、年齢の割に堂々たる戦いっぷりだった!カミツレが気に入ったのもわかる」

こいつを持って行け、と乱暴に手渡されたのは、このジムに勝利した証、クエイクバッジだった。
きらきら輝くそれを九十九の鼻先に差し出せば、ちょっと鼻を動かして、嬉しそうに目を細めている。思えば、九十九がジム戦で勝てたのはこれが初めてだ。喜びもひとしおだろう。

「お前、明日ホドモエシティを経つ予定か?」
「はい、そのつもりです」
「ならちょいと野暮用があってな。お前、6番道路の先にある洞穴の前で待っていろ」
「わかりました!」

よくわからないが、これから進もうと思っている方の道なのでよしとしよう。まさかこの前みたいにプラズマ団退治を頼まれるようなことはあるまい。

帰りのエレベーターは、地上まで直通だった。行きは少しずつ降りていたから実感がなかったけれど、結構な深さまで下りていたらしい。肌寒かったのもうなずける。

「お前、やっぱり今も怖いのか?」

エレベーターで移動中、はなちゃんが問いかけてきた。
わたしがドリュウズに怯えていたのは、きっとはなちゃんから見ても明らかだったのだろう。

「うん、怖い。すごく、怖い。……でもね、怖くても、立ち向かわなくちゃいけないんだって、思えるようになった」
「へえ……。九十九が何言ってたのかは断片的にしか聞こえなかったんだけどよ、あいつが男を上げたってことはわかったぜ。お前が前を向けるようになったってこともな」
『うえっ!?お、おとこを、ぼくが、え?』
「前言撤回するわ」
『えっ!?』

動揺して揺れている九十九のボールを、はなちゃんがでこぴんして黙らせた。
そして、先ほどから沈黙を貫いている残り2つのボールに視線を落とす。

「こいつらが必要以上にへこんでなきゃいいんだけどな」
「うん……わたしに出来ること、あるかな」
「こいつら含めて俺らの面倒見るなんざ、お前にしか出来ないだろうが。というかお前がやれ、義務だ」
「う、うん」

トレーナーとしてのわたしの落ち度もたくさんあるのだから、もっともっとみんなの力を引き出せるようにしなきゃと思う。どれくらいかかるかわからないけれど、いつか、他の人から「息の合ったバトルだ」と言われるようになりたい。言葉がわかることに甘えてばかりじゃ、バトルは上達しない。もっと別の何かが必要だ。

でも、あんまり思い詰めすぎるなよ。と続けられたはなちゃんの言葉に、やっぱりわたし含めみんなの面倒を見てるのは、はなちゃんじゃないのかなって思ったけれど、これは言わないでおこう。
明るい地上の光がまぶしくて、わずかに痛む目を細めた。




back/しおりを挟む
- ナノ -