リバース・リバース‐07 

「一気に行くぞドリュウズ!つめとぎからきりさく!!」

試合はとっくに始まっているのに、声が出ない。ただ、迫りくるドリュウズを見て、怯えることしか出来なかった。痛いのはわたしじゃなくて九十九。それがわかっていても、いや、わかっているからこそ、怖かった。誰だって鋭利なもので切りつけられたら、痛いに決まっている。
あの鋭い爪が九十九の身体に食い込むことを想像するだけで顔が歪む。あたっちゃ、だめだ。

「……て、っ避けて!」

けれどもう遅かった。ドリュウズは九十九の眼前にいて、大きな爪を振り被っている。見ていられなくて、ぎゅっと目を閉じた。

「おい!!なにぼさっとしてんだ!!」

フィールドの向かい側から怒号が飛んできた。

「何があったか知らねえがな、お前が見ないフリをするのは見捨てているのと同じことだぞ!!そんなことするくらいならさっさと棄権しちまえ!」

ヤーコンさんの言う通りだ。わたしは目をつぶって逃げた。ドリュウズからも、傷つく九十九からも。急所に当たったのか、九十九は立っているのがやっとだ。それでも前を、ドリュウズを見て、わたしのことを待っていた。

たった一撃でぼろぼろになってしまった九十九の背中を見る。歯を食いしばって、ゆっくりと手のひらに力をこめた。大丈夫、力が入る。まだ立ってられる。

「九十九、ごめんね。まだやれる?」
『もちろん』
「……アクアジェット!」

水をまとい、九十九が弾丸のように飛ぶ。ドリュウズは爪を構えて受け止める気でいるようだ。きっとアクアジェットでは跳ね返されてしまうだろう。

「突っ込んで!シェルブレード!」

思ったよりも大きな声が出たことに、自分でもびっくりする。でも目の前のことに集中して、縋りついていれば、心を真っ白にできる気がした。

「きりさくで迎え撃て!」
『ぐッ』
「九十九!!」

力負けした九十九のホタチがはね飛ばされる。それに一瞬意識を逸らした隙に、ドリュウズがもう一撃を叩きこんだ。今度は九十九の身体を狙っている。

「みずのはどう!」

技がクッションとなり直撃は免れたものの、つめとぎで威力を上げたドリュウズの爪は強力で、軽く小さな九十九の身体は転がっているホタチのそばまで吹き飛ばされた。

やっぱり、無理だ。泣きそうになる。傷ついて苦しんでいる九十九が自分と重なって、これ以上はもう、見てられない。わたしはただ、泣くのをこらえるだけで精一杯だった。

審判が、九十九を戦闘不能とするかどうかを見極めようと、旗を小さく揺らしている。
・・・・・・もういっそのこと、言われてしまう前に、わたしが、

「九十九、もう、」
『ここで!!』

血を吐くような声だった。

『ここで、ぼくがやらないと……あなたを泣かせてしまうことになる』
「つづ、ら?」

黒い尻尾がピクリと動く、うつぶせのまま、荒い呼吸を繰り返していた胴体が、ゆっくりと動いた。手に力をこめて、こめきれなくて、再び地に顔を付ける。それでも九十九は、立ち上がろうとすることをやめなかった。

『あなたが泣くまいと必死に戦っている、のに!ぼくが戦わないだなんてそんなこと、ぼくは絶対に許さない!』

もうやめてよ、と言いたかった。だってもうわたし、泣いちゃったから。あなたがこんな姿になってまで、諦めようとしないから。

『ぼくのホタチにある傷は、名誉だ。ぼくがあなたを守りたいという、あなたを傷つけたくないという、意思の表れだ。だから、どうか、』

臆病なこの身に名誉を、愛しい傷跡を。

少しだけ振り向いた九十九が、くしゃっと顔を歪めて笑った。
耳に流れ込んでくる、穏やかで温かい声。聞いてしまうだけで視界にじみ、ほろっと一滴がつま先に落ちた。

やさしい、光。涙の向こう側で、九十九の身体が輝いた。

臆病でいつもわたしの陰に隠れていたのに。知らないものを見ればいつも怯えて引っ込んでいたのに。
それでも。それでも、彼が臆病をこじらせて嘘をついたことは一度もないし、いつも彼は痛いほどにまっすぐだった。そのまっすぐさは、今も変わらず彼の中にあって、彼を九十九たらしめている。

真っ白だった九十九は、色んなものを見て、たくさん怯えて、たくさん笑って、そうして自分なりの色を見つけた。ひとつひとつ、暗い色も明るい色も、温かい色も冷たい色も、全部重ねて混ぜ合わせて、新しい色、九十九色になった。

『……一生、ぼくは臆病なままだと思う。でも、それでも、いつだってあなたを支えたいと願っている』

低い声で、鼓膜が震える。どこまでもやさしい、穏やかな声。東雲色をした瞳が、ゆっくりとまばたきをして、細められた。
それが、今のあなたの色なんだね。

四肢でもって大地を踏みしめ、まっすぐに己の剣を構えるその背中は、たくましく、やさしさにあふれていたのだった。




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