リバース・リバース‐06 

だくりゅうが止んだとき、琳太もガマガルも立っていた。双方わずかにふらついているものの、まだ戦闘不能にはなっていない。
琳太は辛いだろうが、今ここで決めておくべきだろう。

「琳太、りゅうのいぶき!」

いつもより弱々しい炎ではあったものの、ガマガルはそれに耐えきれなかったらしく、審判の旗が上がった。
わたしのもとに戻ってきた琳太は傷だらけだ。その様子を見てようやく、今までと様子が違うことに気付く。こんなに傷ついた琳太を見るのは、初めて会ったとき以来だと。

いつも琳太は強くて、一撃で相手を倒してしまうこともしょっちゅうだった。それが今では苦戦を強いられている。琳太がバトルを怠けているわけではないし、わたしもわざと手を抜くなんてことはしたことがない。いつだって手を抜く余裕がないくらい、いっぱいいっぱいなのだから。

周りがどんどん強くなっている。わたしたちが成長していく速さよりもわずかに、周りが上回りはじめている。それがわたしの出自に由来するハンデのせいなのか、それとも新米トレーナーがぶつかるありがちな壁なのか、はたまた別の何かなのか、全くわからなかった。

辛くも一勝をもぎ取ったわたしと琳太の前に現れたのは、初手で出てきたワルビル。
休む暇もなく、審判の合図が示された。

「琳太、まだいけそう?」
『ん!』

ぼろぼろの琳太を連戦させるのは申し訳ない。けれど、九十九しか残されていない今、彼を温存しておきたかった。

「琳太、りゅうのいぶき!」
「ワルビル、いちゃもんだ!」
『んぐっ?』

大きく口を開けた琳太が、何か異物を飲みこんでしまったかのように噎せ込んだ。何が起きたのかわからないが、琳太の身体に変化が見られるわけではない。しかし、どうやらりゅうのいぶきを封じられてしまったようだった。

「琳太、りゅうのはどうは……!?」
『んー!!』

わたしの疑問に琳太は身体で答えた。青白い閃光が勢いよく迸る。
すぐに切り替えて仕掛けてくるとは思われていなかったのだろう、ワルビルはもろにりゅうのはどうをくらった。

「ひるむな!突っ込んでかみくだく!」
「もぐりこんでずつき!」

牙がずらりと並んだワルビルの口は、琳太を一息に飲みこんでしまいそうなくらい大きい。あれに捕まれば終わりだ。そうならないよう、琳太はワルビルの顎が届かない場所、懐へともぐりこみ、下から強烈な一撃を加えた。

「じならし!」
「……!」

まだ終わりではなかった。至近距離でじならしを食らった琳太の身体が、衝撃で吹き飛ぶ。

「琳太!」

わたしの目の前に落下した琳太は、ぐったりとしていた。今すぐにでも駆け寄りたい気持ちをぐっとこらえて、琳太が起き上がるのを待つ。
……けれど、審判の旗が動くのが先だった。

「モノズ、戦闘不能、ワルビルの……ワルビルも戦闘不能!」

顔を上げて見れば、ワルビルもあれが最後の一撃だったらしく、力尽きて地に伏していた。
この場合はどうなるのだろうと思っていたが、先に琳太が倒れたため、こちら側が黒星ということになるらしい。
使用ポケモンは3体で、白星ひとつ、黒星ひとつ。次ですべてが決まる。

「琳太、ありがとね」
『ん』

琳太は小さく返事をした。それが今まで聞いたことのない弱々しい声音で、泣きだしそうになる。いけない、今はまだ、バトルに集中しなくちゃ。悔いるのはその後だ。

「さて、泣いても笑ってもこれで最後だ。かかってこい!」
「はい!九十九、お願い!」

本当に「お願い」だった。もう、あとがない。琳太が倒れただけで、これほど精神的に追い詰められることになるだなんて、知らなかった。琳太はいつも強かったから。どんな状況でも、琳太なら何とかしてくれると、ずっとそう思っていたから。

「いってこい、ドリュウズ!」

ヤーコンさんが繰り出したポケモンが、わたしの心をさらに追い詰めた。心臓をぎゅっと強く握られたように、胸がいたい。身体中を巡る血が、冷え切っていく。

あしが、ふるえて、ちからがはいらない。どういしてよりにもよって、こんなときに。

鎖骨の皮膚が薄く裂かれる感覚、ブラウスが引きちぎれる音、腕に食い込む冷たい金属の痛み、足首の妄執の痕。
どれも外面からしてみればとっくに治っているはずなのに、心は痛いと泣いている。

『リサさん……?』
「つ、づら、」

わたしの声の、なんと情けないことか。へたり込んでみっともなく泣きじゃくりたい。怖いと言いたい。もういやだ、みたくない、ここにいたくない、かえりたい。

試合開始の合図があってからも、わたしは動けずにいた。今言葉を発したら、堰を切ってあふれだしたものに押し流されて、泣いてしまいそうだった。




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