リバース・リバース‐04 

ジムに入ると案の定、いつもジムの入り口付近にいるおじさんがいた。

「さっきはアレコレ大変だったみたいっすね!はいこれ」
「あ、ありがとうございます……?」

お疲れの気持ちをこめてなのか、美味しい水を渡された。後で飲むとしよう。

「それにしても、何でヤーコンさんは水の近くに住んでるんすかねえ……」

確かにそれはそうだ。ヤーコンさんが得意とするのは地面タイプのポケモンたち。なのに、ここホドモエシティはイッシュ地方の玄関とも言われている交易港、海辺の街なのだ。そのため、冷凍コンテナなどの倉庫が街の外れにたくさんある。
でも、どうしてヤーコンさんがこの街にいるのか。こればっかりは本人に聞いてみなければわからないだろう。

「ところで、あの、ここからどうすれば……?」

てっきりおじさんの奥にジムトレーナーや仕掛けが待ち構えていると思っていたのだけれど。この小さな部屋には受付のお姉さんとおじさんしかいないのだ。

「ああ、このまま奥に進んでもらうと分かるっすよ!」

言われるままに少し、部屋の奥へと進んでみると、急に足元がガタンと揺れた。よく見ると、自分が立っている所とその周りだけ、床の色が違う。下向きの三角の矢印が、緑色に点灯した。

「もしかして、エレベー、うわ!」

おじさんに手を振り返す暇もなく、わたしの視界がどんどん下がっていく。内臓がm地あげられているような感覚と、逆に腹の底へと押し込められているような感覚。地下についたらしい。見上げると、自分の乗ってきた床面積の分だけぽっかりと光が差し込んでいた。

大きく地面をくり抜いてあるこの空間には、いくつもの小さなエレベーターがあり、それを渡り歩いて最奥部に向かうシステムになっているようだ。途中のエレベーターでは、もちろんジムトレーナーたちが待ち構えている。

地面タイプに有利な九十九はなるべく温存しておきたい。はなちゃんは相性的に電気技が使えない。本人はちょっと悔しそうだったけれど。となると、琳太と美遥に頑張ってもらうことになる。

「はじめはおっさんが相手だ!いけ、ガマガル!」
「みは……ごめん、琳太!」

美遥の『えー!!』という声が聞こえてきたが、ここで美遥を出すわけにはいかない。相手は見た目からして水タイプを持っている。既視感があったのだ。あまり思い出したくはないことなのだけれど。ここで役に立ったことだけはプラスと言える。
琳太が難なくガマガルを倒してくれて、次に繰り出されたのはモグリュー。今度こそ美遥に戦ってもらおう。大はしゃぎの美遥はバトル後半に少しバテ気味だったものの、持ち前の素早さを生かし、ちゃんとつばさでうつを決めてくれた。

どきどきと暴れ回っていた心臓が、次第に落ち着きを取り戻していく。傷一つ残っていない腕が、少しだけひりついたような気がした。

「ありがとう、美遥」
『おう!』

けれど、そんなこと、美遥の喜んでいる顔を見ればきれいさっぱり忘れてしまえる。この子の笑顔には無邪気さがあふれていて、見ているだけで妙に気分が軽くなるのだ。

りりり、と鳴る鈴を握って、さらに気持ちを落ち着ける。大丈夫、あの時とは違うから。同時に、財布の中に入っている大粒の真珠を思い浮かべる。服でも買うといい、と言ってデスカーンがくれたあれは、結局もったいなくて売れなかった。財布に入れておけばお金が貯まるかな、なんて思ってそのままだ。

『リサ、大丈夫?楽しい?』
「うん、……うん、楽しいよ」

小声で琳太に返事する。
その後もジムトレーナーに対処していくうちに、大きな白い爪を見ても、ドキドキしなくなってきた。

「そろそろかなあ」
「……みたいだな」

非戦闘要員として隣に立っているはなちゃんが呟く。彼の言ったとおり、今乗っているエレベーターは他のものと違う動きをしていた。どこまでも、深く深く降りていくのだ。やがて底に着いたかのように見えたが、それは重厚な扉だった。それが開かれた時、腕組みをして立っている男の姿が眼下に見て取れた。

「ま、俺は怒声飛ばすくらいしかできねえけど、」

頑張れよ、そう言ってはなちゃんがわたしの肩に手を置いた。ぐっと上にあるはなちゃんの顔を見上げて、小さくうなずく。

「はなちゃんに怒られないように、頑張るよ」
「おいおい、完全に俺の出番ねえじゃねえか!」

今の、どせいにカウントしていい?と言った琳太のボールにはなちゃんがデコピンをかましたとき、足元が一度大きく揺れて、到着を告げた。

ヤーコンさんの背後にある大きな石は、何と言う名前なのだろう。水晶のように透明で、若葉のように鮮やかな緑を宿している。放射状に伸びたそれは彼の身長を優に超えていて、このジムの守り石のようだった。

「……カミツレがお前の何を気に入ったのか、そのお手並み拝見させていただくか!」

前口上は短く、手にはモンスターボール。それが放り投げられるのと、審判の旗が上がるのは、ほぼ同時だった。
わたしは4番目のボールをしっかりと握り、高く放り投げたのだった。




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