リバース・リバース‐03 

翌朝、ホドモエシティの中を足早に進み、ジムを目指す。ゆっくり街の中を見てまわりたいところだが、心が緊張で張りつめていてそれどころではない。ジム戦が終わったら、みんなで観光しよう。

どこを見てまわろうか、となるべく楽しいことを考えていたのに、ジムの前までやって来たわたしの背筋は、一気に凍り付いた。

「ヤーコンさん、初めまして」

ワタクシ、プラズマ団のゲーチスと申します。
薄緑の髪と異様なほどの威圧感、重々しいマント。ゲーチスは数人の部下を引き連れて、悠然とヤーコンさんの前に立っていた。ヤーコンさんの後ろには、ジムトレーナーと思しき人たちと、昨日捕らえられていたプラズマ団員たちがいた。団員たちは、こそこそと代わりばんこにゲーチスの方を見て、期待の眼差しを向けていた。

「お世話になった同志を引き取りに来ました」

おお、とヤーコンさんの後ろがざわついた。白昼堂々と、ゲーチスは部下を引き取りに来た。こうも堂々と大きな顔をされては、ジムリーダーであるヤーコンさんも黙ってはいないだろう。気難しげな顔をさらにくしゃりと歪ませて、ゲーチスを睨みつけている。

「いやいや、礼はいらんよ。あんたのお仲間がポケモンを奪おうとしていたんでね」

顔と裏腹に、口調は穏やかだった。しかし言葉の裏には言いしれない威圧感も潜んでいる。その光景に足がすくんで、わたしはただただ立って見ていることしか出来なかった。
いつの間にかそばに立っていたチェレンも緊張していることが伝わってくる。

「おや、誤解があるようで。ワタクシどもはポケモンを悪い人から逃がしているだけですよ」
「そうだといいがね。ワシは正直者ゆえ言葉遣いが悪い。それに反して、あんたは言葉は綺麗だが、どうもウソくさくてな。……で、何だというんだ?」

ヤーコンさんは腕組みをしたまま、頑として動かなかった。それこそ揺るがぬ大地のように。
それに臆することなく、ゲーチスはゆったりとマントの裾を揺らし、口角を上げた。

「プラズマ団としても、ホドモエシティに興味がありまして。ここにいる以外にも、たくさんの部下がいるのですよ……」

これは、脅しだ。もしヤーコンさんが後ろにいる捕らえていたプラズマ団員を引き渡さなければ、ホドモエシティ中でプラズマ団が暴れると、暗に示しているのだ。
ヤーコンさんが一瞬目を見開き、それからぐっと歯を噛み締めたのがわかった。

「……その言葉、ウソかホントかはわからんが、戦わずして勝つとはね。大したもんだよ。フン!わかった、こいつらを連れて帰りな!」
「さすが、鉱山王と呼ばれる商売人……。素晴らしい判断力の持ち主であられる。では……そちらの七賢人を引き取らせていただきます……」

さっきよりも敢えてゆっくりとした言葉遣いをするところがいやらしい。ゲーチスは微笑んだまま、迎え入れるかのように両手を広げた。あまり涼しくない風で、マントが重たげに揺れる。

彼に吸い込まれるようにして、ぞろぞろとプラズマ団員たちがゲーチスのもとへと帰っていった。口々に感謝の言葉を述べる彼らを、ゲーチスは笑みをたたえて迎えている。微笑ましい光景のように見えるが、わたしにはゲーチスの笑みがはりぼてにしか見えなかった。

ようやくわたしたちの存在に気付いたのか、それとも最初から気づいていて、知らないふりをしていたのか。ゲーチスがわたしの方を見て、より一層深い笑みをたたえた。背筋が粟立ち、頭の中に警鐘が鳴り響く。結構な距離があいているのに、目が合っていて逸らせない。

腰のボールが揺れる感触にはっとした次の瞬間には、ゲーチスの視線はもう、ヤーコンさんの方に戻っていた。生温い空気のせいではない汗が一筋、頬を伝った。

「それでは皆さん、またいつの日かお会いすることもあるでしょう」

ねっとりと耳にこびりつくような声を残し、ゲーチスたちは去っていった。
残されたわたしたちを見て、ヤーコンさんが豪快に頭を掻く。ばつの悪そうな顔だ。

「お前ら、悪いな。せっかくプラズマ団を見つけたのに」
「い、いえ……」
「まあ、気を取り直してポケモン勝負といくか!あんまりワシを待たせるなよ?」

あっさりと切り替えたヤーコンさんは、わたしたちが返事をする間もなくすぐにジムへと入っていった。

・・・・・・さて、どちらが先にジムに入れるのだろうか。そう思ってチェレンの方を見れば、わたしの言わんとしていることが伝わったらしく、「お先にどうぞ」と譲られた。

「ぼくはポケモンを鍛えてくる。あのヤーコンって人には絶対負けたくないからね。というか、完全勝利でジムバッジをもらうよ」

そう言ってチェレンは踵を返していった。無理に譲ってくれたというよりも、本当にそうするつもりだったらしい。たまたまジムの前が騒がしかったから、立ち寄ってみただけなのだろう。

「じゃあ、行くよ」

チェレンの背中が小さくなっていくのを横目に、腰についたボールをひとつひとつ、そっと撫でる。その手がしっとりと、汗ばんでいた。



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