リバース・リバース‐01 

橋の先が何やら騒がしい。そのことに気付いたのは、散々はしゃいでいた美遥がぴったりと歩みを止めたからだ。彼の擬人化しても視力が卓越しているのは健在のようで、わたしたちが気付くよりもずっと早くから、橋の向こうばかりを見つめていた。

「リサ、何かいる、たくさん!おまつり?」

美遥が指さすものが見える距離になるまでにいくらかかかったが、それを認識した時、わたしの足は棒のように動かなくなってしまった。みんなが同じ格好をしているから、美遥はお祭りかと聞いてきたのだろう。
お祭りだなんてとんでもない。

「プラズマ団……!」

わたしの身体が緊張で強張っているのとは対照的に、美遥はきょとんとしている。そうだ、美遥はヤグルマの森でプラズマ団とやりあったことを知らない。ヒウンシティでも大規模な戦闘にはなっていないし、どういう集団なのかがわかっていないのだ。

「美遥、あの人たちに近付いちゃだめだからね」
「うん?えっと、うん!リサが言うなら近づかないぞ!」

本当はプラズマ団がどれだけ危険なのかを話しておきたいところだけれど、ゆっくり話している時間もない。どうしようかと橋の上で立ち往生していると、ぞろぞろとプラズマ団が立ち去っていくのが見えた。

「ここで突っ立ってても仕方ねーだろ、今のうちにさっさと行くぞ」
「うん」

さっさとポケモンセンターに入ってしまおう。そうすれば巻き込まれることもあるまい。そう思っていたのに、見慣れた顔が視界に入り、つい町の入り口で足を止めてしまった。

「ああ、リサ、ちょうどいいところに」
「こいつもカミツレが言っていたやつか!」

チェレンと、その隣におじさんがひとり。ヤーコンと名乗る彼は、このホドモエシティのジムリーダーだった。
多分、わたしは“ちょうどよくない”時に来てしまった。なんでも、わたしたちが渡ってきた跳ね橋を動かしている間に、ヤーコンさんが捕らえていたプラズマ団が逃げ出してしまったというのだ。

「お前もプラズマ団を探せ!見つけ出したらジムで挑戦を受けてやるぞ!」

わたしたちが橋を渡ったのとプラズマ団が逃げ出したことに関係があるようには思えない。強引にもほどがあるが、逃げ出したプラズマ団を野放しにしておくのはジムリーダーとして見過ごせないのだろう。

ヤーコンさんにばれないよう、こっそりとため息をついて後ろを見れば、はなちゃんが呆れ顔でうなずいた。仕方ない。やるしかなさそうだ。

メンドーだな、というチェレンの言葉に心中で同意しつつ、プラズマ団を探す。あれだけの集団だ、きっと人目を引いただろう。そう思って街の人たちに話しを聞いてまわった末にたどり着いたのは、街のはずれのコンテナ置き場だった。

「まさか……ね」
「しかもここは冷凍コンテナだ。やれやれ、寒いのは苦手なのに」

ぶつくさ言いながらもドアを開けたチェレンのあとについて中へ入ると、一瞬で髪の毛の先まで凍り付いてしまいそうだった。琳太たちにはボールの中に戻ってもらったけれど、こんなに外が寒いのだ。モンスターボールの中も寒いのではないだろうか。
奥まで探索して外れだった時のことは考えるまい。がっくりと肩を落とした瞬間、血液まで凍てついてしまいそうだから。

中は外から見たときよりも広く感じる。いくつかの梯子を上り、凍ってつるつると滑る床を何とかやり過ごし、一番奥までたどり着いた。ひとつだけ不自然に空いているコンテナがある。わたしがそれを目線で示すと、チェレンがうなずいた。
歯の根が合わず、うまくしゃべることが出来ない。それはチェレンも同じようで、お互いに指さしとうなずきだけで、うす暗いコンテナの中へと足を踏み入れた。

「……いた!」

団子状に身を寄せ合って、必死に寒さをこらえている。いつまでここに居るつもりだったのだろうと思ったけれど、突っ込むのはやめておいた。

「お前たち、蹴散らせ!」
「承知しました七賢人さま!」

プラズマ団の真ん中にいたのは、七賢人のうちのひとりだった。いくつかのモンスターボールが、マントの間から見え隠れしているが、自分が戦おうという気配はない。きっと、他のトレーナーから奪ってきたポケモンたちなのだろう。

「リサ、半分、いいな!?」
「うん!」

必要最低限の言葉を交わし、感覚のない手でボールを握る。相手は複数、ならばこちらも複数で応戦するのみだ。
正直、バトルに勝つか負けるかというよりも、ここで凍え死んでしまわないかという方が、よっぽど心配だった。




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