イカサマ少女の夢‐11 

きょとんとしている彼女に後ろを向いてもらう。弾むポニーテールの結び目に、ころころと音を立てて鈴が結わえられた。

「これはやすらぎのすず。わたしとあなたで、おそろいだよ」

ゾロアが花冠をくれたあの時のように。わたしはこれを彼女に差し出そう。
身じろぎすると鈴の音がついて来ることに気がついたゾロアは、ひとしきり嬉しそうに飛び跳ねると、勢いよくわたしの懐に飛び込んできた。ふたつの鈴が鳴る。

「この鈴、歌ってるみたいね!」

にっこり笑った彼女が、おねだりをしてもいいかと問いかける。少し恥ずかしそうにしながらも、ゾロアはわたしの目を見てはっきりと言った。朝陽のまぶしさで、より一層、彼女の瞳は澄み渡っている。

「あたし、名前が欲しいの。リサからつけてもらった名前が、欲しい。……ダメ、かな」
「だめじゃないよ。わたしでよければ、喜んで」

おこがましいけれど、あなたの名前をずっと考えていたの。受け取ってくれたらうれしいなって、思ってた。
その鈴の音を目印に、また会おう。
おでこ同士をくっつけて、笑い合う。朝の日差しがじんわりと、頬を温めていく感触に、どうしようもなく笑みがあふれていく。

「あなたの名前は、鈴歌」
「すずか、……鈴歌!あたし、今日から鈴歌ね!」

スズノウタ。響き合ったら、導かれた先で、また出会えると信じて。夢で逢いましょう、だなんて言わないで、もっとわがままに。いつかこの手が再び触れ合うのは、夢の中のことじゃない。現実だ。

「あたし強くなって、一人前になれたら、ぜったい、ぜーったい、リサに会いに行くんだから!だから、もうひとつおねだりしちゃう!」

言うが早いか、彼女はわたしの腰にぎゅうっと抱き着いて、それからあっけなく赤い光となって消えた。突然のことに、声がうまく出せない。

「えっ、ぞろ、鈴歌……!?」
「えへへ」

再び魔法のように現れた彼女の手のひらには、甘い色をしたモンスターボール。鈴歌は得意げに笑って、ビシッとヒールボールをつきだす。これじゃあどっちがトレーナーかわかんないや。

「これもちょーだい!」
「いいの……?」
「いいの!欲しいの!」

いとおしげにヒールボールへと頬擦りする姿を見てしまっては、何も言えない。

「この音を聞いて、このボールを見て、あたしはいつかリサに会いに行くんだーって、がんばるから!」
「わたしも、大きくなった鈴歌に見合うように、がんばるね」

ひとつあいたボールホルダーは、彼女がいるという証。
三度目の約束も、小指を絡めて。

鈴歌は、わたしの姿が見えなくなるまで、ずっと手を振ってくれていた。


肩を揺さぶられている感覚と、腰に感じる重み。ゆっくりと目を開ければ、高く昇った太陽の光が容赦なく目を貫いた。

「ようやくお目覚めかよ」
「お、おはよう……?」
「おそようだよばーか」

上体を起こすと、琳太と美遥がしがみついていた。ふたりともばっちり起きている。どうりで重たいわけだ。肩を揺さぶっていたのは、おそらくはなちゃんだろう。
時計を見て目を見開いたわたしを、はなちゃんが鼻で笑う。まさか、もうお昼過ぎだっただなんて。

「うわ、みんなごめんね……!」

慌てて支度をして遅めの昼食に出かける。今日のお昼には次の街に到着する予定でいたのに……!やっぱり鈴歌と話し込んでいたのがよくなかったのだろうか。でも、後悔はしていない。

「あんまり街の中、観光できてなかったけど大丈夫?心残りはない?」

チェレンから来たメールをチェックしながらみんなに尋ねる。彼によると、次の街であるホドモエシティに繋がる跳ね橋が上がっていたのを、カミツレさんが向こうのジムリーダーに問い合わせて降ろしてくれたのだという。これでスムーズにホドモエシティに行くことができる。

街の外へと続く道路を歩いていたとき、また背中に視線を感じた。もう怖がることはない。彼女が見送りに来てくれたのだと分かっているから。
何となく、みんなにばれないようにしたくて、後ろ手で小さく手を振った。きっと見えているはずだ。おまけに指先で鈴を弾けば、やまびこのように向こう側の鈴が応えてくれたような気がした。
またね、鈴歌。


「お前こそ大丈夫なのか?」
「何が?」

ライモンシティを出てから、はなちゃんのがぽつりと問いかけてきた。からかう色を含んでいるそれに、ちょっとだけむっとした。身長差がさらに開いてしまったせいで、より一層馬鹿にされている気がするのだ。

「いやなに、遊園地行っても乗れたのは観覧車だけ、しかも一回きりってのは不満だったんじゃねえかと思ってなあ」
「え?何言ってんの」
「あーはいはいそんなにガキじゃないってか?」
「メリーゴーランドも乗ったし、コーヒーカップにも乗ったし、観覧車だって何回も……」

途中ではなちゃんの顔色が変わったのをみとめて、口をつぐむ。わたしは何かまずいことを口にしたのだろうか。だって、はなちゃんたちも一緒に夜の遊園地に行ったじゃないか。わたしのこと結構ほったらかしだったけど。彼らだってそれなりに遊園地は楽しんでいたはずだ。結局鈴歌を紹介することは叶わなかったけれど、いつか会わせたいとは思っている。

「リサさん、変な夢でも見たんじゃ……」
「遊園地行きたさにそういう感じの夢見ちまったのかもな」
「えっ、でも、でも、」

ないのだ。やすらぎのすずの片割れも、ヒールボールも。確かにない。なのに、はなちゃんたちとまったく会話がかみ合わないのも事実で。彼らが嘘をついているようには思えなくて、言葉に詰まる。

あれは全部、夢だったのだろうか。きらびやかな光を纏う夜の遊園地も、特別に見せてくれた甘い香りが立ち込める花畑も。
けれど、夢だったからといって、全てが消えてなくなってしまうわけではない。彼女は、鈴歌は確かにここに居て、わたしはこの手で彼女に触れたし、彼女もわたしに触れてくれた。あの花の匂いも、空をくり抜いたような瞳も、全部ぜんぶ、わたしの中の本物だ。

きゅっと鈴を手のひらに閉じ込めて、くぐもった音に耳を傾ける。
それはやがて、跳ね橋から見える景色にみんなが上げた歓声で掻き消されていったのだった。


 17. イカサマ少女の夢 Fin.

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