イカサマ少女の夢‐10 

しばし互いに顔を見合わせたまま、時が流れる。まさか茂みからはなちゃんに乗ったみんなが飛びだしてくるとは思ってもいなかったのだ。どうやってここがわかったのだろう。乱暴に地面へと投げ出された九十九が肩をさすりながら、ゆっくりと立ち上がり終えた。

「えーっと……」
『リサ!』

琳太がわたしめがけて走り寄ってくる。琳太、と名前を呼ぶと、ぐんと加速して飛びついてきた。これじゃとっしんじゃないか。うっと一瞬息が詰まったけれど、何とか受け止める。ぐりぐりとお腹に頭を押し付けて、全力でしっぽを振っている琳太は、本当に嬉しそうだった。

「みんな、どうやってここに……?」
「得体のしれない奴がお前に化けてたんだ。それを追っかけてたら、こうなったんだよ」
「……!」
「リサさん、心当たりがあるの?」

大ありだ。けれどどうして彼女はわたしに化けて、みんなの前に現れたのだろう。それにみんなの口ぶりからして、わたしに化けていたあのポケモンは、みんなを騙そうとしていたようだ。

「さっきの一瞬だけ、ぼく、リサさんの目の前に何かがいたように見えたんだけど……」
「きっとそれが化けてたポケモンだと思う。危ない感じはしなかったけれど……」

だって、ゾロアがママと呼んでいたのだ。見た目もゾロアにそっくりな色合いをしていたし、きっと本当に母娘なのだろう。

何はともあれ、互いが無事でよかった。
ほっと一息ついたところで、おずおずと美遥がわたしの目の前に立った。普段なら琳太と並んで真っ先に飛びついてもおかしくないのに、今日はどうしたのだろう。具合でも悪いのかと顔を覗きこもうとしたら、より一層俯かれてしまった。

「あ、あのね、リサ、あの、」
「……?どうしたの?」
「ご、ごめんなさいっ……!」

まさか美遥がそんなことを言うと夢にも思っていなかったわたしは、何も言うことが出来なかった。人間、本当に驚いたときは言葉が出なくなるらしい。

「リサのことうたがって、わがままばっかり言って、ごめんなさい……!でも、おいら、リサと一緒にいたいんだ、でもやっぱり不安で、でも、だから、その、」
「わたしも、美遥のこと不安にさせて、ごめんね。もう終わった話だからって思って、そのままにしてて、ごめんなさい。わたしだって、美遥と一緒にいたいって、ちゃんと思ってるよ」
「……!」

嫌いなとこも、疑ったことも、全部ひっくるめてその人だから。両手を広げれば、ゆっくりと美遥は歩み寄って来て、そうしてわたしの腕の中へとおさまった。片手を開ければ、擬人化した琳太も美遥の隣に並んで入ってくる。

「琳太も、ごめん。おいら、ひどいこと言っちゃった」
「ん!」

にぱっと笑って返事に代えた琳太。その後ろでは、やれやれといった表情のはなちゃんと、なんとなく口元が緩んでいる九十九がいて。彼らの間に何があったのかは知らないけれど、きっと前に進めたのだろう。わたしも彼女に背中を押されて進むことが出来た。これでみんな、また並んで歩くことが出来るはず。

「帰ろっか」
「ん!」

くたくただけれど、ここで夜を明かすわけにはいかない。きっとここは、ゾロアたちの秘密の場所だろうから。


森から出るのは驚くほど簡単で、けれど、ライモンシティにたどり着くころには、日が傾き始めていた。思ったよりも長い間、あの森の中にいたらしい。一度だけ森を出た後に振り向いたのだけれど、さまよっていた時からは想像もつかないほど、あの森はこじんまりとしたものだった。

きらびやかに灯りはじめた街の明かりを横目に、まっすぐポケモンセンターへ。みんなへとへとだったし、とてもお腹が空いていた。内部にあるレストランで食事を済ませて交代でシャワーを浴びれば、満腹感と倦怠感に襲われて、なすすべもなく深い眠りに落ちてしまったのだった。


「こんにちは。あ、ちがった、こんばんは!リサ」
「こんばんは、ゾロア」

眠い目を擦りつつ、挨拶を返す。くたくたですっかり熟睡していたつもりなのに、気がつけばまたゾロアと一緒に遊園地にいた。
手を引かれて、随分と見慣れた色鮮やかなネオンの中を歩いていく。

「あのね、リサって旅をしているんでしょう?」
「うん、そうだよ」
「旅の話、聞かせて?」

さて、どこから話そうか。旅立ちの日を決めたときから?それとも琳太と出会ったとき?はたまた、わたしがこの世界に落ちてきたときのことから?
どれだけ話しても、話し足りなくて、伝えたいことばかりなんだと、この時初めて気がついた。

九十九が外に出ると決心してくれたこと。きょうだいに出会ったこと。はなちゃんが助けてくれて、信じてついて来てくれたこと。美遥と色んな景色を見てきたこと。

そして、ゾロアと出会えたことも、きっといつか、誰かに話して聞かせたい。

楽しいことばかりじゃなかったわたしたちの旅路を、きらきらした表情でゾロアは聞いてくれた。危ない目に遭ったところでは、はっと息を呑んで。嬉しいことがあったところでは、一緒に喜んでくれて。

空の端が白んできたことにも気がつかず、わたしたちは語り明かした。

「……あたしもついていけたらなあ」

まだダメなの、と彼女は言う。もっと大きくなって、強くなったその時は、親元を離れることが許されるのだと。彼女の独り立ちは、まだまだ先のこと、けれど、きっといつか訪れること。

朝陽のまぶしさに目を細めて立ち上がる。さすがにもう帰らなくては。しゃらりと鳴った鈴の音に、ゾロアが首をかしげた。

「リサのそれ、とってもきれいな音がするのね」

ショルダーバッグにくくりつけていた、ふたつの鈴。ぶつかり合って響き渡る音は、どこまでもやわらかく耳をくすぐる。ポケモンが心地よいと感じる音なのだから、ゾロアが興味を持つのも当然のことだ。

「……ゾロア、」
「なあに?」
「もう一度、約束をしよう」

そして、わたしはやすらぎのすずの片割れを、彼女へと差し出したのだった。




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