イカサマ少女の夢‐09 

***

リサさんがいなくなってしまってからというものの、ずっと美遥くんはぐずっている。はじめはあれやあこれやとぶっきらぼうながらに慰めの言葉を投げていた英さんだったけれど、ついに我慢できなくなったらしい。眉間に深くシワを刻み込んで、黙ってしまった。木の根元に腰を下ろし、幹に身体を預けて思案顔。これからどうするべきかを考えているのだろう。

彼女を探すとなれば、みんながかたまって行動するのが一番いい。土地勘もないぼくたちがばらばらになれば、それこそ一巻の終わりだ。
こんなとき、誰かが空を飛べるならば便利なのだけれど。あいにくと、唯一羽のある美遥くんは空を飛ぶのが苦手な種族だ。上空からの探索は期待できない。何よりあの精神状態ではちゃんと動けないだろうし。

「美遥、大丈夫?」
「うう、リサにまた置いて行かれたあ……」
「リサ、置いて行ったりしないよ」
「するよ!おいら、置いて行かれたんだもん。また置いてかれちゃった……おいら、また何かわるいことしちゃったかなあ」

美遥くんは泣き止まない。一度置いて行かれたことがあるのだから、怖がるのも当然のことだ。けれど、もうそんなことはしないとぼくは信じている。少なくとも、美遥くん以外のみんなは、そう思っているはずなのだ。
琳太がぽんぽんと美遥くんの頭を軽く叩く。リサさんがよくやる手つきだ。

「でも、もうしないって約束してくれた、でしょ」
「そうだけど、置いてかれちゃったじゃないかあ!」
「うるせーぞ!」

ついに、英さんが鋭い怒声を上げた。びくり、反射的にぼくの肩も跳ねた。

「さっきからぐずぐず泣き止まねーけどな、泣く前にやることがあんだろーが!」
「だって悲しいんだもん!はなは置いて行かれたことないから、そう言えるんだ!!りんだってつーだってそうだ!みんなみんなずるいよ!!」
「美遥?」
「とくに、りん!りんはずるいよ!いっつもリサのそばにいて、それが当たり前で!おいらよりずっと長くリサといるのに、独り占めばっかりして!!」

一度あふれだした言葉が止まらないのだろう。美遥くんが困惑している琳太の首元を掴んで、揺さぶる。されるがままになっている琳太は、ひたすらに疑問の色ばかりを浮かべていた。
英さんが美遥くんを引きはがそうとするけれど、そうなると琳太も一緒に引きずられて、苦しそうな表情になる。とうとう見ていられなくなって、ぼくは美遥くんに手を伸ばした。

「美遥くん、」
「何だよお!……!?」

ぱしん、と乾いた音がして、手のひらがひりついた。美遥くんの手から力が抜けて、琳太のポンチョが解放される。呆然として頬を押さえている美遥くんが、つかみかかろうとした姿勢のまま固まった英さんが、ぼくを見ているのがわかった。

「ぼくたちは、リサさんを探さなくちゃいけない。もし置いて行かれたんだったとしたら、追いつかなくちゃいけない。きみはあの時、必死に彼女を追いかけたはずだ。……それにね、」

ぼくは知っている。リサさんがたくさんたくさん悩んで、美遥くんのために心を砕いたこと、美遥くんに対して申し訳なく思って、色んなことを我慢して、誰にも言えないでいること。夜も夢の中でうなされて、少し泣いていたこと。

「きみが不安なのも、ぼくには少しくらいわかる。でも、きみは一度でも、リサさんがどうしてきみを置いて行こうとしたのか、どうしてきみの意思に耳を塞ぐことがあるのか、考えたことはある?」

美遥くんは時々鼻を啜りながら、静かにぼくのことばを聞いていた。湿った空気が風にくるくると掻き回されて、ぼくたちの周りを巡っていく。

「……?」

黙り込んでしまった美遥くんの頭を控えめに叩いたり、じっと英さんの顔色を窺ったりしていた琳太が、動きを止めた。何かに耳を澄ませている。ぼくにも、聞こえた。リサさんがいなくなった方から、何かが近づいてきている。

無事に戻ってきてくれたら。置いて行ってごめん、と少し申し訳なさそうに笑った彼女の姿を思い描きながらも、最悪を想像せざるを得ないことに吐き気を覚える。

美遥くんが英さんにしがみつき、英さんが彼と琳太をかばうようにして前に出る。目配せでお前も下がっていると暗に言われ、大人しくぼくも一歩、彼のために場所をあけた。そうして来たるべき時を待つ。

……控えめに茂みを揺らして現れたのは、ぼくが理想としていたリサさんその人だった。
リサさんは何でもないような顔をして、再びぼくたちの前に姿を見せたのだ。

「ごめんね、びっくりした?」

目を真ん丸に見開いた琳太が一歩、リサさんのもとへと近づく。英さんは大きく息を吐いて、ゆるくリサさんのことを睨んでいた。心配をかけさせるな、とでも言いたいのだろう。ぼくもそれは同感だ。いきなりこんな森の中で走り出すだなんて。

「あなた、そんなにびっくりして……おめめが落ちそうだよ」

くすっと笑うリサさんの前で、はたと琳太が立ち止まる。その脇を、美遥くんが駆けていった。彼がリサさんに飛びつこうと両手を広げたその時。それよりも早く、青白い閃光が、リサさんのすぐ横を突き抜けた。危うく彼女に命中するところだったそれは、彼女の後ろにあった木を薙ぎ倒した。めりめりと樹木が自重で裂けて倒れていく悲鳴と、草木が焦げる匂い。

「おい琳太!?」

思わず英さんが声を上げたのも無理はない。技を放ったのは琳太だったのだから。
びっくりして腰を抜かしている美遥くんを英さんが抱えあげ、琳太の前に仁王立ちになる。どうして琳太は、あんなにも敵意をむき出しにしてリサさんのことを睨んでいるのだろう。

「どういうつもりだ琳太!」
『あんた、誰?』
「は?何言って、」
『あんたはリサじゃない。誰?』

くすっと漏れた少女の笑い声は、およそリサさんのものではなかった。血相を変えて振り向いた英さんが、リサさんのように見えるものから間合いを取る。

「あら……何でばれたの?」
『リサはおれのこと、名前で呼ぶ。一度も、名前以外で呼ばれたことない。なのに、あんたはおれのこと、“あなた”って言った。だから、あんたはリサじゃない』

確信を持った響きで、琳太ははっきりとそう言い切った。
くすくすと肩を震わせていた何かが、やがてこらえきれなくなったのか、高く笑う。

「まさか見破られるとは思っていなかったのだけれど……このままでは多勢に無勢ね」

またたく間に踵を返したそれは、驚異的な速さで茂みの奥へと踵を返して走り去ろうとする。
慌ててみんなで後を追うも、相手は土地勘があって慣れたフィールドなのだろう、全く追いつけそうな気配がない。

「クッソ……おい九十九!チビ共抱えて乗れ!』
「う、うん!」

原型に戻った美遥くんを肩に乗せ、琳太を抱えて英さんへと飛び乗る。ぼくがしがみついたのを確認するや否や、英さんはものすごいスピードで駆けだした。
彼の体内を巡る電流があふれてぼくの肌を焼く。電気は苦手だけれど、そうも言っていられない。今、あれを見失ってしまうわけにはいかないと、誰もがそう思っていた。

「琳太、威力はなくていいから」
『ん!』

不安定な姿勢で口を開け、琳太が狙いを定める。控えめな威力の竜の波動は、命中こそしなかったものの、気を逸らすのには十分だったらしい。ぐっと一気に距離が縮まった。どこか遠くで、ガラスが砕けたような音がする。

もう一度、と言おうとしたその時、まぶしい光で目がくらんだ。急に開けた場所に出たのだろう。英さんが急ブレーキをかけたため、うまくバランスが取れずにぼくは転げ落ちてしまった。琳太と美遥はうまく着地したみたいだけれど。
痛みをこらえて身体を起こせば、今度こそ、彼女の姿がそこにはあった。




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