イカサマ少女の夢‐08 

「わたし、大切なものがたくさんあるの。ゾロアのことも、大切だよ。ありがとう。ゾロアはわたしにたくさんのものをくれたし、わたしの心を受け止めてくれた」
「なら……」
「でもね、わたしは、琳太も、九十九も、美遥も、はなちゃんも、家族のことも、大切に思っているの。両手で抱えきれないほど、たくさんたくさん、わたしには大切なことがあって、抱えきれないことがしょっちゅう。嫌だなあって思うことも、もちろんある。でもそれは、大切なものと一緒にいるときにしか思えないことなのかなあって」
「わかんない……わかんない。好きなものとだけ、一緒にいたらいいのに」

ゾロアは、またうつむいてしまった。
美遥に振り回されているのは確かに大変だけれど、一緒に行こうと言ったのは、わたしだ。その言葉の責任を取らなきゃ、という義務感も少なからずあるけれど、それ以上に、わたしは美遥のことが好きだし、一緒に旅ができて良かったと思っている。

人にものを頼むのが苦手なわたしのことを察して、はなちゃんがちょくちょく手を差し伸べてくれるし、九十九だって何も言わないけれど、わたしのことをちゃんと見てくれていること、わたしは知ってる。わたしが歩み寄れば、きっと応えてくれる。抱え込む悪い癖も、そろそろ直さなくては。
そして、こうやって前を向くきっかけをくれたのは、他でもない目の前の少女なのだ。

「好きだよ。好きだから、一緒にいたいから、一緒にいるの。この人のここが好き、でもそこは嫌い、だなんて思っても、わけられないもん。その人は全部ひっくるめて、その人なんだから。そして、その全部をひっくるめて、わたしはその人と一緒にいたいって、思ったんだから」
「あたし、リサのこと、大好き。でも、今、一緒にいてくれないリサは、やだ」
「わたしのこと、嫌いになった?」
「なるわけないよ!大好きだもん!!」

言ってから、ゾロアははっとして目を見開いた。ぽろっと大粒の雨が降る。頬を伝って、花びらに落ちて弾けた水滴は、しょっぱい味のまま土に吸い込まれていった。
小さく薄い肩を震わせ、少女は唇をかみしめる。こらえきれない涙が、ワンピースに、花に、地面に、いくつもいくつも落ちていく。

「ま、ママもね、ママのこともね、大好きなの。怒ってばっかですっごく怖いし、叩かれたら痛いから嫌いだけど、あたしのこと心配してくれるの、ちゃんとわかってる。大好き、なの」

泣きじゃくるゾロアの頭をぐっと引き寄せて抱きしめると、花の匂いが濃くなった。互いの肩口に顔をうずめて、鼓動を伝え合う。わたしも小さい頃、お母さんによくこうして抱きしめてもらっていたっけ。

「……そっか。そう、だよね。リサにも、たくさん大切なもの、あるよね。」

えへへ、と泣き腫らした目が弧を描く。花びらが風に吹かれて舞い散り、真昼の流れ星のように煌めく。
そしてひときわ大きな青白い流星が長く伸びて、空を砕いて突き抜けた。途端に、花の香りが掻き消えて、森の湿った匂いに包まれる。

「っママ、」
「ゾロア!?」

ゾロアが、立ち上がった勢いのままわたしを置いて走り出した。慌てて後を追うけれど、一歩踏み出した途端、踏んだ傍から花が枯れていく。

「……!」

花びらが淡雪のように空気に溶けて、枯れた花は跡形もなくなりを潜め、土に還っていく。元から何もなかったといわんばかりに、どこからどう見ても、そこはわたしが身体を休めていた木の根元だった。

頭上に影が差し、視界がうすぐらく覆われていく。見上げれば、茶色くかさかさに枯れた花びらが風にもてあそばれ、渦を巻いて空へと昇っていた。際限のないはずの青空にその花びらは突き刺さり、無数のヒビを入れていく。ぽろ、ぽろ、空が砕けて落ちてきた。
ガラスのような空の欠片は、土に刺さる前に細かなダイヤモンドダストのようになって消えてしまう。乾いて硬くとがった花びらとぶつかり合って、打ち消しあって、時に破片となり降りそそぐ。

立ち尽くして空を見上げていると、いつしか空の奥からうっそうとした木々と、わずかな木漏れ日が顔を出した。もしや、あれが本物の、現実の空?

「ゾロア!」
「リサのお迎え、来ちゃったみたい」

偽りの空が落ちていく中で、そう言って寂しげに笑ったゾロア。今まさに枯れていこうとしている花をくるくると弄び、ぱっと手を離す。役目を終えた花は枯れ、細かく砕けて霧散した。

「あたしも、もう行かなきゃ。ママが迎えに来ちゃったから」

彼女を追いかけたせいで息を切らしているわたしの目の前まで、ゾロアはやって来た。

「リサ、大好きよ。また会いに行くわ」
「うん、また会おうね」

小指を絡めて笑い合う。ふたりだけの、ひみつだ。
背後で荒々しく茂みが揺れる音がして、振り向く。鏡合わせのように自分の姿を写し取った存在が、わたしたちに向かって駆け寄ってきた。風のように速く。
一歩、髪が風に遊ばれて、逆立ち膨らむ。もう一歩、指先から黒く染まり、獣の爪が顔を出す。

そうしてわたしの目の前に立ったのは、優しい目をしたポケモンだった。

『ママ!』

ゾロアがそのポケモンに飛びつくと、ママと呼ばれた彼女はしっかりとゾロアを受け止めた。そして何も言わず、わずかに頭を下げると、一瞬でわたしの前から姿を消したのだった。ゾロアがいたこと自体、幻だったのではないかと錯覚してしまうほどに。

突っ立っているわたしの目の前の茂みが、まだ終わっていないとばかりにもう一度、騒がしくわめきたてた。




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