イカサマ少女の夢‐07 

ゾロアと見た景色が忘れられなくて、わたしはみんなに「森に行こう」と言った。目的は笑ってはぐらかして。こんな都会なのだから、街の中の観光だってするべきなのだろうけれども、街は走って逃げたりしない。もしかしたら明日には、あの花たちは枯れてしまっているかもしれないのだ。早く行くに越したことはない。それに、運が良ければみんなにゾロアを紹介できるかもしれない。あの子に、また会いたい。

森に足を踏み入れたところまでは、よく覚えている。けれど、どこをどうやって奥地までやってきたのか、さっぱり記憶が飛んでしまっている。おまけに、みんながいない。確かに琳太と手を繋いでいたはずなのに。

みんなを探さなきゃ。そう思ってやって来たであろう道を辿ろうとするけれど、わたしが通った形跡は、すっかり森に覆い隠されてしまっていた。まるでわたしを閉じ込めているかのように。少し、背筋がうすら寒くなった。どこを見ても変わらない景色。目印もないんじゃ、地図を見ても仕方ない。


そうだ、ライブキャスター。ベルがきっと、まだライモンシティにいるはず。もしかしたら迎えに来てくれるかもしれないし、それが無理ならジュンサーさんに連絡すればいい。
そう思って取り出したライブキャスターには、無情にも「圏外」のマークが浮かんでいた。しかも、画面に時折砂嵐が入る。あまり機械にとって良くない磁場でもあるのかもしれない。そっとバッグにライブキャスターを仕舞い、改めてぐるりと周囲を見渡した。

これじゃ、樹海だ。思ってしまってから後悔する。ホラーは大の苦手なのだ。半分ゴーストタイプのくせに、と言いたいところだが、それとこれとは話が別だ。大体、ゴーストタイプはゴーストタイプが弱点じゃないか。もしかすると、幽霊同士も互いを苦手に思っているのかもしれない。いや、そんなことは今どうでもよくて。

自虐している場合じゃない。こんなところで野生のポケモンに襲われでもしたら、ひとたまりもない。いつの間にかあちこちすりむいて破れかぶれになってしまっている靴下の上から足をさすりつつ、とりあえず木の根元に腰を下ろす。下手に動かない方がいい。

無意識のうちにこんな森の奥までやって来ていたけれど、改めてそれを自覚した途端、身体が怠さを訴えてきた。全力疾走した後のように、息が切れる。何度も荒い呼吸を繰り返して、からからの口の中にあった唾液をかき集めて、飲みこむ。足もがくがくしているし、しばらくはこのまま休んでいよう。


呼吸がようやく整いだしたころ、風が甘い匂いを運んできていることに気付く。あの花の香りだ!きっとすぐ近くに花畑があるに違いない。

疲れた身体に鞭打って、ゆっくりと立ち上がる。木々に手のひらを当てて身体を支えてもらいながら、香りに導かれるままに歩いて行く。急にまぶしい木漏れ日に迎えられて、反射的に閉じた目をゆるりと開けば、そこはゾロアの庭だった。

「リサ!」

花びらを散らしながら、ゾロアがわたしの懐に飛び込んできた。抱きしめ返したけれど勢いを殺しきれなくて、後ろに倒れる。頭を打ってしまうかと痛みを覚悟したのに、実際は柔らかい何かが受け止めてくれていた。上体を起こすと、わたしたちは花畑の中心にいて、わたしは花のベッドに身体を沈めていたのだった。

「やっぱりリサは来てくれた!」
「こんにちは、ゾロア」
「こんにちは、リサ!もっともっと、お話しよう?」

そうしたいのはやまやまなのだけれど。わたしにはやらなきゃいけないことがある。立ち上がったわたしの背中を押すように、しゃらりとふたつの鈴が鳴る。

「わたし、みんなを探さないと。ゾロアも、手伝ってくれないかな。みんなにあなたを紹介したいの」

ゾロアは首を縦に振らなかった。ぎゅっとわたしの服の裾を掴み、しゃがむよう促してくる。ぺたりと膝を花の絨毯につけて、少しだけ、ゾロアとの距離が近くなる。拗ねた表情のまま、彼女はぽつりぽつりと言葉を漏らす。

「仲間がそんなに大切なの?あたし、リサたちのことずっと見てた」
「リサ、たくさん困ってて、たくさん悩んでた。あたしならリサを困らせたりなんかしないよ?わがままも言わない。我慢する」
「リサがいてくれたらそれでいいの」


それが“わがまま”だということを、彼女はわかっていないのだろう。

わたしは彼女に救われた。みっともない泣き顔もさらしたし、たくさん愚痴も聞いてもらった。きれいなものもたくさん見せてもらった。
わたしがお返しにしてあげられることといったら、「ありがとう」という言葉くらいだ。だってわたしは何も持っていない。彼女が特別飛び抜けた容姿でもないわたしに惹かれている理由もわからない。

大した恩返しが出来ないというのならば、最大限彼女に報いてあげる選択肢は、ただひとつ。彼女の望むままに、ゾロアと、ずっと一緒にいることだ。
けれど、わたしも“わがまま”だから。琳太たちと一緒にいられないのは、耐えられない。

口をとがらせ、うつむいているゾロアの頭を、両手で包み込むようにして撫でる。てっぺんから顎の方まで手を滑らせて、少しだけ顔を上げさせる。わたしの頭上に広がっているであろう抜けるような青空を映した瞳が、ゆらゆら揺れてわたしをとらえる。




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