イカサマ少女の夢‐06 

***

リサさんが、森に行こうと言いだした。ここライモンシティは、前の街ヒウンシティとはまた違った毛色の都会で、街の中を巡るだけでも相当な時間が必要なのは明らかだ。それにもかかわらず、彼女はライモンシティの中をろくに観光もしないまま、街の外れにある小さな森に行きたいのだという。

ぼくは人が多いところが苦手だ。情報量が多すぎて、何から見たらいいのかわからない。それよりも、もっと静かなところをのんびり歩く方が性に合っている。だから、リサの「森に行こう」という言葉自体は嬉しかった。

でも、どうして彼女がそう言いだしたのか、ぼくたちには皆目見当もつかなかった。琳太がリサの言葉に異議を唱えるはずもないし、美遥くんに至っては、彼女にべったりだ。彼女がいるならどこでもいいと思っているのだろう。英さんだけが唯一疑問を口にしたけれど、それに対してぎこちない笑みで彼女は誤魔化した。

「みんなに見せたいものがあるから」

はて、彼女はその目的地に行ったことがあるような口ぶりだけれども。
ぼくたちの主は少し、特殊な生い立ちを持っている。物心ついてからこの世界の土を踏んだのは、つい最近のこと。彼女はこの世界とはまた、別の世界で生きていた。そして、家族で暮らしていた町から出るのは、ぼくが仲間になった後のこと。
だから、彼女だけが行っていて、ぼくが行ったことのない場所が、町の外にあるはずはないのだ。

……彼女がぼくに何か隠し事をしているというのならば、話は別だけれど。でも、彼女は嘘をつくのがきっとうまくない。今まで嘘をつかれていないから、もしくは嘘をつかれていることに気付いていないから、そう思えるのかもしれないけれど。そこまで強く彼女を疑おうだなんて、ぼくはこれっぽっちも思ってない。

すぐに抱え込んで、暗い顔で一人で悩んで、誰にも言えないままでいる彼女はきっと、嘘をついたらその分、いや、それ以上に自分を深く傷つけていくような、もろい心の持ち主だろうから。


それに、もしかしたらこの世界にやって来る時、どこか町の外に到着したのかもしれない。そういえばぼくは、琳太と彼女がいつ、どのようにして出会ったのかを知らない。

知らないことばかりだ。彼女についても、琳太についても。英さんがどうやって生きてきたのかもぼんやりとしか知らないし、美遥はもう、本人が昔のことを覚えていないだろう。

……本当に、知らないことばかりだ。けれど、それでもこうして一緒にいられる空間は、ぼくにとって心地の良いものであったし、手放したくない、と思う。何かに執着することなんてなかったから、これが汚い心なのではと思いもするけれど。そっと仕舞っておけばいい。思うだけならきっと、自由だ。

地図を見ながら歩いて行くリサさんの両側には、琳太と美遥くんがついていた。琳太はしっかり手をつないでいるけれど、美遥はリサさんの腕にしがみついていた。時折ぐいぐいと自分の方にひっぱっては、彼女の気を引いている。
ああいう美遥の、素直なところがちょっぴり羨ましいとは思う。甘え方を知らないぼくには絶対に出来ないこと。ぼくがあんなことをすれば、彼女は驚いて逃げてしまうだろう。ぼくだってやるつもりも、そんな度胸もない。いいなあ、とただ思うだけ。

あ、英さんがしびれを切らして美遥くんを抱えあげてしまった。

「何するんだよおお!」
「うるせえしばらくこうしてろ」

米俵のように担がれた美遥くんはとても不満そうだったけれど、それも最初のうちだけで、普段は見られない高い視点からの景色に目を輝かせていた。いや、この場合は目を瞠っていると言った方が正しいだろう。何せそれが、彼の名前の由来なのだから。

舗装された道路を外れて、やわらかい腐葉土に靴をうずめる。裸足の指先に、薄っぺらい葉っぱが当たってくすぐったい。

リサさんは地図も見ないですいすいと歩いて行く。時々立ち止まっては辺りを見渡し、また歩いて行く。その繰り返し。すでにぼくは、自分たちがどのあたりにいるのかわからなくなっていた。振り向いても、前方に目を凝らしても、同じような景色。うっそうとした森が広がるばかりなのだ。薄暗く、木漏れ日も弱まっていく。

それでも彼女はするすると、まるで何かに導かれているかのように進んでいく。その足は止まらない。むしろ段々と歩調は速まっていて、やがて、彼女は駆けだした。
琳太はやや呆然としていたものの、慌てて後を追う。けれど、うまく走れないようだった。
木の根が好き勝手に地面をのたうちまわっているこの森を、風のように速く彼女は駆けていく。尋常じゃない。美遥くんを抱えているとはいえ、どうして英さんが追い付けないんだ。

「リサ!!」

琳太が息を切らして、叫ぶ。けれど、その声をひょうひょうとかわし、リサさんは森の奥へと消えていってしまった。

ざわり。森の木々が、ひそひそ話を始めたかのようにざわめきだす。そのさざめきが嘲笑に変わる頃、とうとう美遥が泣きだした。

いなくなってしまった。何も言わずに。傍から見れば、たったひとり欠けただけ。なのに、どうしてこんなにも孤独感に侵食されているのだろう。ぼくらはひとりぼっちで、やわらかい土の上に立っていた。

美遥くんのすすり泣きと英さんの苛立った表情、それから、びっくりしてうろたえたまま立ち尽くしている琳太。リサさんがふっといなくなっただけで、こんなにも。
こうやっているとぼくが冷静なようにも見えるけれど、そうじゃないことは自分が一番分かっていた。表に出づらいだけで、握りしめた手のひらには爪が食い込んでいるし、正直、立っているのがやっとだった。




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