イカサマ少女の夢‐05 

ふかふかの土の上を歩く。木々が茂る森の中だというのに、夜とは思えないほど明るい。見上げれば、そこに星空はなく、木漏れ日がうっすらとわたしの目を焼いた。

歩きなれているのか、少女はずんずんと奥へ進んでいく。手を引かれるという不安定な状態のままで彼女のスピードに合わせるのは、少し大変だった。けれど、振り払ってしまえば、もうひとりでは歩けないような気もしていた。

踏みならされた道から、草木が好き勝手に茂る獣道へ。肺に湿った空気が入るたび、ぼんやりしていた心が落ち着いてきた。足を丈の長い葉っぱたちにくすぐられながら、木の根を踏まないよう、引っかからないよう気を付けて進む。

年端もいかない少女の前で、声を上げて泣きじゃくったことを少し、恥ずかしいと思った。けれど、すっきりしたというのも、事実だった。吐き出す相手がいないのは、とても苦しいこと。涙は心の汗、と誰かが言っていたのを、ふと思い出した。

ややあって開けた場所に出たとき、わたしは、決して疲労感から来るものではないため息をついた。感嘆の、ため息。

わたしが今まで見てきたよりもずっとずっとたくさんの色彩が、そこにはあった。神様が世界中の色という色を惜しげもなく集めて、そこに置いたかのようだった。
赤、白、黄色、そうやってカテゴライズするのも躊躇われるくらい、豊かに色彩あふれる花々。目に飛び込んでくる、花弁の風にそよぐさまは、こっちへいらっしゃいとでも言っているかのようだった。

あっけにとられるわたしを見て、少女は得意げに手を腰に当て、言った。

「ここがあたしのお気に入りの場所!素敵でしょ?」
「うん……!」

何の迷いもなく、少女は花畑のただ中へと足を踏み入れる。花を踏んでしまう、というわたしの心配を余所に、奥へ奥へ。よくよく見てみると、少女が踏み出す度、花は彼女と逆向きにこうべを垂れて道を譲っていた。
膝上まで花に埋もれた少女が大きく手を振る。リサもおいでよ。

わたしも通してくれるだろうか。おそるおそる、花畑の淵に立ち、片足を持ち上げる。すると、小さく風が吹いて、花がさわりと道をあけた。一歩、踏み出す。そこはやわらかい芝生だった。花は、折れていない。そよそよと、わたしの次なる一歩を待っている。
段々と大胆になって、少女のもとへとたどり着くころには、前だけを見て歩けるようになっていた。

伸ばされた手に応えて指を絡め、しゃがみこむ。こうするとわたしたちのまわりには花しかなくて、本当に、世界中でふたりぼっちみたいだった。

「素敵な場所でしょ!」
「うん、すっごく、きれい」

きゅっと指に力をこめた少女が、おもむろに笑う。それは、今まで見たことがないような、寂しげな微笑みだった。丸い眉が下がっていて、見ているこちらまで、悲しげな表情になってしまいそうだった。
どうしたのかと首をかしげると、少女は少しの間うつむいて、それから、意を決したかのように顔を上げる。空をくり抜いたような瞳に、わたしの顔が映った。

「あたし、リサにずっと黙っていたことがあったの」

手を離した少女が立ち上がり、両手を水平に伸ばす。遊園地のあの時のように、くるりと一回転。そうして強めの風が吹いて、甘い香りと共に、花びらのカーテンが彼女を包み込む。

『あたしね、ゾロアっていうポケモンなの』

わたしの腕にすっぽりと収まりそうな、小さなポケモンが鳴いた。灰色のもこもこした毛並みが、彼女を彷彿とさせる。丸っこい、きつねのような姿をしたなポケモン。それは一瞬のことで、幻かと錯覚するほどだった。彼女は一瞬だけ、本当の姿をさらしてくれたのだった。

「黙ってて、ごめんなさい」

どこからか取り出した、青空色の花をふんだんにあしらった冠。それを、少女がそっとわたしの頭へと載せる。ちいさな手のひら、指の先が、花弁を名残惜しげになぞって離れていく。伏せられた目がゆっくりと開かれ、夕焼け色を載せたまぶたが隠れていく様は、許しを乞う仕草にも、慰めを与える仕草にも、どちらにでも取れた。

「リサ、怒ってる?」
「ううん、怒ってないよ。ちょっと、驚いただけ」

青、白、紫。いつの間にか、わたしの花冠を形作っているのと同じ花に周りを囲まれていた。幾重にも重なる繊細な花びらは、触れば柔らかいと分かるのに、あまりに鋭く、見ているだけで貫かれてしまいそうな気さえした。

それでも、とゆっくり花弁に手を伸ばした途端、くらりと目眩がした。まぶしい、朝の日差しで目がくらんだような感覚。頭が揺さぶられて、甘い香りが途絶える。

……今、わたしはどこにいるのだろう。みんなとはぐれてしまった。
ふとそんな心配が頭をよぎる。彼らは今、どこにいるのだろう。落ち着きなく腰に手を伸ばすも、ボールホルダーの感触はない。探さなければ。きっと琳太たちも、わたしのことを探しているはずだ。

「もう、帰っちゃうの?」
「うん。帰らなきゃ、いけないみたい」

立ち上がって辺りを見渡す。来たときと変わらない景色だ。不思議と、帰り道に対する不安はなかった。わたしの挙動を悟ったのか、少女が淋しそうに下を向く。

「今度は、わたしが会いに行くね」
「ほんと!?」

ぱっと顔を上げた少女の顔は、わかりやすく明るい。膝を折って、少女と同じ目線になった。

「本当だよ。ほら、約束」

約束のかたちを示せば、少女は訝しげな顔をする。おずおずとわたしと同じように小指を差し出すぎこちなさが、何とも言えずかわいらしい。

「人間は、こうやって小指を絡めて約束するの」
「へえ……!」

小指を絡めて軽く振る。また、会いに行くね、と。

「またね、ゾロア」
「またね、リサ」


そうして、どこをどうやって帰り着いたのかはわからないけれど、無事に帰れたらしいわたしは、朝の日差しのまぶしさで目を覚ましたのだった。鼻腔には微かに甘い香りが残っていたけれど、花冠はどこにもなかった。




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