イカサマ少女の夢‐04 

とても疲れたのはジム戦だけのせいではなさそうだったけれど、じゃあそれが何なのかと聞かれると、うまく言えない。考えれば考えるほど疲れていくだけだったから、そこでわたしは考えることをやめた。

「リサはどうして電気技ばっかり使ったの?」

わたしの手を引く少女が問う。今日も今日とて夜の遊園地は夢の色に満ちていて、不思議と足取りが軽くなった。遠くに琳太たちが見える。各々、好きな乗り物で遊ぶのだろう。

「はなちゃんが苦しんでいたのはどうしてかなって思ったの」
「どうしてだったの?」
「自分の中に電気が、自分よりも強くて大きかったから。キャパオーバーしちゃったんだなって」

シママである自分の許容量をはるかに超える、ゼブライカの電力に、はなちゃんは苦しんでいた。いくら電気を受ければメリットがあるとはいえ、それは有限ではないのだ。だから、カミツレさんのゼブライカに、はなちゃんのすべての電気を注ぎ込めば、その状況に持ち込めるのではないかと考えた。無謀としか言いようのない、作戦とは到底呼べないものだったけれど、結果としては上手くいった。失敗した時のことは……考えていない。もう終わったことだから、と。

少女は「ふうん」と呟いて、小石を蹴るように足をぶらつかせた。

「リサはすごいなあ」
「え?そんなことないよ!わたしだって沢山悩んでるの。……今もそう」
「美遥のこと?」
「……!」

この子に、美遥のことを話しただろうか。いや、それ以前に、わたしの仲間を紹介したことがあっただろうか。
おどろいて彼女の顔を見ると、得意げな笑みを浮かべ、少女は言った。

「だってあたし、リサのことずうっと見てたもん!」

ああ、まただ。この少女はやっぱり、わたしのことを見ている。ジム戦で感じたあの視線も、きっと彼女のものなのだ。わたしは彼女の名前すら知らないというのに、何ら危機感すら抱かず、手を引かれて夜の遊園地をさまよっている。

琳太たちの影はいつの間にか見えなくなっていて、置いて行かれたような気がするのに、不思議と寂しくなかった。片方の手にはまだ、温もりがしっかりと留まっているからだろうか。

「美遥のわがまま、大変なんでしょう?」
「それは、……わたしがもっとがんばらないと、」
「リサががんばれば、美遥はわがまま言わなくなるの?」
「……」
「トレーナーでいるのって、大変でしょ?みんなはリサだけを見るのに、リサはみんなを見なきゃいけない。それってフビョウドウ、だよ」

ひとりのトレーナーにポケモンが複数いる構図というのは、当たり前だ。けれど、少女の言う通り、それはトレーナーの気配りがたくさん必要になるということ。庇護すべき対象ばかりが、増えていくということ。
わたしはちゃんと、彼らのトレーナーになれているのだろうか。

「でもね、でもね、今ならビョウドウでしょ?」
「今・・・・・?」
「あたしと、リサ!これなら、あたしがリサを見て、リサがあたしを見ればいい!ね、そうでしょ?」

ゆっくりとまわるメリーゴーランドが、遠い。一枚の膜で隔てられているようにくぐもったオルゴールの音が、ぽろりぽろりと零れて空気に融けていく。
じわ、じわ、ぽたり。
段々と音がはじき出される速度が落ちて、おちて、最後の一粒が、ぽろ、と地面を濡らした。
星のない空が滲んで、月が雲の向こうに消える。そうしてとうとう、わたしは歩くことも、出来なくなった。

「わたし、わたし……どうしたら、いいのかな……!」

自分よりずっと幼い少女の前で、わたしは声を上げて泣いた。琳太たちがいたら、歯を食いしばっていたかもしれない。けれど、どうしてだか、今は素直に泣けていた。

手を引かれるまま、何も見ずに歩いて、ベンチへと腰を下ろす。足をぶらつかせながら、少女がわたしの背中を何度もやさしく叩いた。そのリズムに安心して、心の中にたまっていた黒い靄を、吐き出す。ずっと吐き出せなかったこと、言ってはいけないと思っていたこと。……自分一人で抱え込んで、捨てようにも捨てられなかったこと。

「美遥を、置いて行ったのは、わるいことだって思ってるし、申し訳、ないの……でも、でも、わたしじゃ世話しきれないと思った……!だって、だって、」

美遥はわがままだ。琳太も九十九もはなちゃんも、聞き分けがよくて素直だ。美遥は捻くれているわけではない。きっと誰よりも素直なのだ。けれど、素直すぎてわたしが振り回されてしまう。

「全然、言うこと聞いてくれないし、でも、怒ったらすごく怖がるから、可哀想かなって……思って、もう、どうしたらいいのかわかんない!」

役に立ちたい、と言ってくれる気持ちはありがたい。でも、実際それで役に立てているかと言うと、それはまた別の話だ。役に立たない子なんていらない、とは思っていない。役に立とうと躍起になって、頑張ってくれているのも認めたい。でも、わたしには、それを受け止めきれるだけの器がなかった。

全部ぜんぶ、汚いモノを涙と一緒に吐き出して、より一層自分がみじめになってくる。どうしてみんなは、こんなわたしの傍にいてくれるんだろう。

「……リサは、よくがんばってるよ。あたし言ったでしょ、リサのこと、ずっと見てたって。だから、大丈夫。でもね、」

泣き腫らした目で少女を見る。わたしのぐしゃぐしゃになった顔を見てもなお、少女の笑みは揺らがない。

「そんなに嫌なことばっかりなら、もう帰らずにあたしと一緒にいようよ!」
「一緒に……?」
「うん、一緒に!ずーっとここで、一緒に遊ぶの!琳太たちもどっか行っちゃったし、ここはあたしとリサ、ふたりぼっちの世界だよ!」

飛ぶようにベンチから立ち上がった少女を追いかけて、ポニーテールがふわりと揺れる。くるりと跳ねた毛先が、彼女に合わせて回りだす。
くるくる、くるくる。そこがステージであるかのように、少女は両手を広げて何度もまわる。見とれていたら、周りの景色も回りだした。ぐるぐる、ぐにゃり。光が歪んでぼやけて消えた。かと思えば、星空は変わらずそこにある。
ここは少女の独壇場。ここは石ころから星屑まで、全部が全部、彼女の世界だった。

「リサを困らせるものは、あたしがぜーんぶ、追い払ってあげる!楽しいことだけ、たくさんたくさん、持ってきてあげる!」

くるくる、ベンチを蔦が覆い、やわらかい苔が絨毯になる。
くるくる、少女が回るたび、足元から草木が芽生え、花が咲く。
くるくる、土と花の香りが風に乗って、鼻をくすぐる。

「特別!リサだけ、特別に、いいとこ連れてってあげる!」

差し出された少女の手を取れば、辺り一面は深い森の中だった。




back/しおりを挟む
- ナノ -