イカサマ少女の夢‐03 

もう一匹のエモンガが、間髪入れずに飛びだした。こちらが、最初に美遥と戦ったエモンガだ。
琳太が麻痺してしまわないかと内心ひやひやしていたが、幸いそんなことはなかった。審判の合図と共に、エモンガが宙を舞う。

「エモンガ、じゅうでんからエレキボール!」
「りゅうのいかり!」

ボッと青白い炎が揺らめいて、エモンガを追いかける。しかし、エモンガはひらりひらりと技をかわし、飛びながら着実に自身の内へと電気をため込んでいく。
ボルトチェンジが使えないと分かった今、エモンガは遠距離から攻めてくる気なのだろうか。空中と地上では、行動範囲の狭い琳太の方が不利だ。止まった的に攻撃することはたやすい。

威力の上がったエレキボールが飛んできた。それをりゅうのはどうで相殺する。ふと、カラクサタウンでヨーテリーを持った少年と戦ったときのことを思い出した。あの時は、琳太の技が力で押して勝つことが出来たのだった。けれど、今回は相殺するに留まっている。そう一筋縄ではいかないようだ。

「琳太、ふるいたてる!」

ぶわり、真黒な琳太の毛が逆立って、周囲の熱気が増した。ガチガチと歯を鳴らして好戦的にエモンガを見据える姿は、まさに奮い立っている。

「もういちどじゅうでん!」
「りゅうのはどう!」

向こうは防御力を上げて長期戦に持ち込むつもりだ。その前に何とかしなければ。
滑空しながら身体に電気を蓄えていくエモンガ。しかし、その片翼に、琳太から放たれた青白い光線が掠めた。バランスを崩すエモンガと、更にもう一発、追撃の手を緩めない琳太。二度目のりゅうのはどうで、とうとうエモンガは地に落ちた。

「琳太、ありがとう!」
『ん!』

エモンガを引っ込めたカミツレさんと、目が合う。少しだけ、彼女が笑ったような気がした。その瞳には、強い輝きがメラメラと燃えている。

カミツレさんもわたしも、考えていることは同じだった。同時にボールを放り投げ、同じシルエットが対称的に姿を見せる。

「第三試合、ゼブライカ対ゼブライカ、はじめ!」

あいにく、互いに得意技は使えない。前回ははなちゃんの状態がおかしかったから、電気技に苦しんでいたこともあったけれど。本来、ゼブライカというものは電気技を食らったところで、メリットしか享受しえないものなのだ。

「ニトロチャージ!」
「ゼブライカ、こちらもニトロチャージ!」

ぶつかり合って、火花が散る。見てるこちらまで衝撃が伝わるような、そんな勢いだった。互いに一歩も譲らない。それどころか、今回ははなちゃんの方が押しているようだ。少しずつ、少しずつ、はなちゃんがカミツレさんのゼブライカを後ろへと追いやっている。

ふと、背筋を誰かに撫ぜられたような感覚がして、肌が粟立った。振り向こうとする自分を、もうひとりの自分が慌てて引き止める。

その一瞬で、事態は急速に動き出していた。わたしが目を離した隙に、今度ははなちゃんが押されている!
爪を手のひらに食い込ませて、痛みで変な感覚を振り払う。今集中すべき、目の前のことだけを見るために。

はなちゃんとゼブライカが、ぱっと距離を置く。相手との距離を一定に保ったまま、じりじりと足を動かし、フィールドを回る。その視線は進行方向ではなくて、常に相手の目を睨みつけていた。

「はなちゃん、もう一度ニトロチャージ!」

わたしの言葉で、再びバトルが動き出す。真正面から突っ込んでくるはなちゃんを、静かにゼブライカは見つめていた。

「でんげきは!」

はじめてはなちゃんと一緒にバトルした時。わたしはうっかり、電気技の効かない相手なのに電気技を叫んでしまったことがあった。それが今、目の前で起きている。
けれど、あの時と違うのは、カミツレさんが、明確な意図をもってその技を選んだということ。今度ははなちゃんが、めくらましを受けてしまうということ。

『ぐっ……!』

目の前が真っ白になったのだろう。はなちゃんの歩調が緩んだ。その隙に勢いを増したゼブライカの突撃を、はなちゃんは受け止めきれなかった。ぐらり、揺れる身体。何とか倒れることはなかったものの、至近距離からの一撃は重たいものだった。

「はなちゃん、ほうでん!」
『はぁ!?』

何言ってんだコイツ、という気持ちをたっぷり含んだ声を上げながらも、はなちゃんはわたしの言うままに電撃を放った。当然、ゼブライカはびくともしていない。
それどころか、メリットにしかならないのだ。驚かせるようなトリッキーな小技でもなく、ただ淡々と電撃を浴びせ続けることは、正直言って無謀にしか見えない。

けれど、わたしにはもう、これしかないと思っていた。
はなちゃんはきっと頑張ってくれる。けれど、カミツレさんのゼブライカだってとても強い。もし、彼らが互角の実力を持っていたとすると、そのバトルはトレーナーの腕に依存することになる。

単純な力勝負なら、未熟なわたしが勝てるはずもない。ましてや、今しがた一撃を食らったハンデ持ちのはなちゃんの実力を、どれほど引き出してあげられるだろうか。
だからわたしは、これに賭けることにした。普段なら絶対やろうとも思えないようなものだったけれど、やる後悔よりやらない後悔だ。やりきってしまえと、稲光へと上乗せするように、声を張り上げた。

「はなちゃん、絶対やめないで!」
『よくわかんねえけどわかったよ!』

やりゃあいいんだろ、やりゃあ。そう言ったはなちゃんは、どこか楽しげだった。
どくん、と鼓動が大きくなって、心が弾けてしまいそう。緊張や不安ではない。今まで感じたことのないような、高揚感。
ここに来てようやく、わたしはポケモンバトルを、心の底から楽しいと思えたのだった。

まばたきすら許されない空間で、ひたすらに目の前の光景を網膜に焼き付ける。
眩しさで目が麻痺して、白い光がぼんやりといくつも弾けては、様々な色となって視界を遮っていく。けれど、それすらも気にならない。

相手のゼブライカは表情を一切変えず、わたしたちの様子を伺っていた。カミツレさんも、何も言わない。わたしが今から何をしようとしているのか、おそらく見当もついていないのだろう。わたしだって完璧にうまくいくとは思っていない。

ややあって、雷光轟く中、カミツレさんのゼブライカが動き出した。特性のおかげか、随分と動きがすばやくなっている。その桁違いのスピードに動揺したけれど、気を取られてはいけない。いつかきっと、その時は来るはず。

自身の炎とはなちゃんの電撃をまとい、力強く地を蹴るゼブライカ。あと少しではなちゃんに衝突するかに思われた、その時。わたしは、賭けに勝ったと確信した。


がくっとカミツレさんのゼブライカが膝を折り、うずくまったのだ。

「はなちゃん、ワイルドボルト!」
『また電気技か、よッ!!』

はなちゃんの中にあった電気も、そろそろ底をついてしまっているだろう。それでも力を振り絞って、はなちゃんは輝く稲妻をまとい駆けだした。肉体と肉体のぶつかる鈍い音がして、それと同時にまばゆい光が弾け飛んだ。
苦しげに呻いているのは……相手のゼブライカだ。

「ゼブライカ、しっかり!」

カミツレさんの声を受けて立ち上がろうとしていたゼブライカだったけれど、微弱な電気にまとわりつかれて動きを封じられていた。うまく立てないのか、虚しく蹄が空を掻く。
やがて、その足も地につき、遅れて胴体が横倒しになった。

「ジムリーダーのゼブライカ、戦闘不能。チャレンジャーのゼブライカの勝ち!よって勝者、チャレンジャーのリサ!!」

やれやれといった風に首を振り、縞々の身体をゆすりながら、はなちゃんがちょっとだけ笑った。




back/しおりを挟む
- ナノ -