イカサマ少女の夢‐02 

アラームに何度かせっつかれ、ついに寝ぼけ眼で布団から這い出ることを決意した。ゆっくりと床に足を下ろして立ち上がる。ちょうどその時、洗面所からはなちゃんが出てきた。おはよう、とあいさつを交わす。動いているうちに、頭がはっきりしてきた。

「随分と眠そうだな」
「うん……、ってはなちゃん!!」
「何だようっせえぞ」

両手で耳を塞ぐ仕草をしてうるさいアピールをするはなちゃん。でも、でも。びっくりしないわけにはいかない。
実は昨日、はなちゃんがかなり疲れていて、お祝いどころではなかったのだ。だから早めに寝てしまったのだけれど。そのせいで、朝一番に、初めて進化したはなちゃんの擬人化を拝むことになったのだ。

相変わらず真っ白な髪は少しだけ伸び、首元で長い襟足が揺れている。星を散らした海のような瞳は鋭さを増し、より一層澄み渡っていた。

「大きくなったねえ……」

思わず小さい子の成長を喜ぶ近所のおばさんのような口調になってしまった。
前からわたしよりも背は高かったけれど、今は頭ひとつ分以上の身長差がある。何だか遠くに行ってしまったみたいな気がした。
案の定おばさんかよと突っ込まれ、それに笑っていたら琳太たちがもぞもぞと動き出した。


朝食を摂ったら、ポケモンセンター内のバトルフィールドへ。今回のライモンジムでは琳太とはなちゃんを中心にして頑張ってもらうことにした。九十九と、それから美遥もお休み、ということにするはずだったのだけれども、使用可能ポケモンが3体であったことと、美遥のお願いにより、お休みは九十九のみとなった。

はなちゃんが進化したことだし、午前中はわたしとはなちゃんの調整を主な目的として練習することにした。バトルフィールドに躍り出たゼブライカの背中はたくましい。

「どう、はなちゃん」
『ん、まあこんなもんだろ』

なんだかはなちゃんは変わった気がする。前だったら「大丈夫に決まってんだろ」みたいなことを言っていただろうに。丸くなった……とは少し違うけれど、突っ張ったところがなくなっている。

はなちゃんの電撃は、進化してからものの見事にコントロールがきくようになっていた。しかも、進化前よりもはるかに強く、まぶしい光を有している。調子は上々とのことで、はなちゃんは満足げだ。

知らず知らずのうちに成長した身体の放つエネルギーに、はなちゃんはようやく向き合うことが出来た。いつも他人の世話ばかり焼いていた身体に心がようやく追いついて、彼はようやく自分の内面を見つめるべきだということに、気付いた。だから、進化した。きっとそういうことだ。これが当たっているか、本当のところははなちゃんにしかわからないけれど。でも、口に出さずとも、伝わるものはあった。


「それじゃ、行こうか」

昼食を終えて、いざライモンシティジムへ。ジェットコースターに乗らなくてはならないので、食事はいつもより少なめにしておいた。カミツレさんの前までたどり着いておいて、ふらふらに乗り物酔いしているような事態だけは避けたい。

そう思っていたけれど、乗り物酔いはすることなく、カミツレさんのもとまでたどり着くことが出来た。なるべく琳太とはなちゃんを温存しておきたいと思ったから、相性の悪い九十九と美遥には、少し無理をさせてしまったけれど。この調子なら、美遥はカミツレさんとの戦いに出さない方がいいかもしれない。
気休め程度にキズぐすりを吹きかける。目視では体力が回復したように見えるけれど、受けた痛みを忘れられるわけではないし、疲労だってたまる。麻痺を受けてしまった九十九にはまひなおしも使って、ボールの中で休んでもらうことにした。

「ううん、リサ、ぼく、外にいるよ。外で見てる」
「わかった。きつくなったら入っててね」
「うん」

九十九に自身のボールを渡し、彼が観戦席に着いたのを視界の端に捉えながら、バトルフィールドに足を踏み入れた。これで二度目。今回ここに来たのは、ここの土をもう踏まないようにするため。ライモンジムのバッジを手にするため。そして、はなちゃんにとっては、リベンジのため。

「いらっしゃい。……今度は、チャレンジャーとして、ね」
「はい」

手先がぴりぴりと震える。緊張、高揚、興奮。それらをぐっと拳に閉じ込めて、審判の旗が上がるその瞬間を待った。

「両者、ポケモンを。……では、試合、開始!」

はじめにカミツレさんが繰り出したのは、エモンガ。ひらりひらりと空を飛ぶ様子はとても愛くるしいが、ジムトレーナーのエモンガには何度も苦しめられた。動きがすばやいうえに、こちらを麻痺させてさらに攻撃を当てづらくしてくるのだ。カミツレさんのエモンガとなれば、より一層苦戦を強いられるだろう。

対するわたしは美遥。本当はもう疲れ切っているだろうから出したくないと思っていたのだけれど、本人はやる気満々だ。ジムに挑戦する前に約束してしまったのだから仕方あるまい。

「美遥、無理しないでね」
『おう、任せとけって!』
「それじゃ……でんこうせっか!」

美遥が一直線にエモンガへと突っ込んでいく。対空戦は得意ではないけれど、琳太たちに比べれば行動範囲のアドバンテージが広いのは、美遥の強みだ。力強く地を蹴り、美遥が宙に浮く。
エモンガからしてみれば、それは好機だろう。うまく飛べない美遥は、止まっている的も同然だ。

「エモンガ、エレキボール!」
「かげぶんしん!」

エモンガの作り出す光の珠が大きくなりきる前に、美遥の影が分散した。エモンガに隙ができる。そこにげんしのちからを叩きこむ、はずだった。

「ひるまないでエモンガ!ボルトチェンジ!」
『ん、あ!?』

カミツレさんの言葉により気を取り直したエモンガと、美遥が衝突する。技を繰り出そうとしていたこともあり、美遥は避けようがなかった。
ターゲットにぶつかった反動を利用するかのように、エモンガがカミツレさんのもとへと帰っていく。入れ替わるように現れたのは、もう一体のエモンガだった。

「美遥、大丈夫!?」
『うう、痛いよお……』

発動中のげんしのちからがクッションにはなったものの、美遥は大きくダメージを受けていた。しょんぼりとうなだれる美遥に、もう戦闘の意思は見られない。
ジムトレーナーと戦ううちに気付いたことなのだけれど、この美遥の特性“よわき”というものは、どうにも厄介だ。ある程度のダメージを受けると、文字通り弱気になってしまうのだ。

「美遥、戻って!」
『うう、それはやだあ……!』

ボールをかざすが、ひょこひょこと美遥は逃げ回る。バトルどころではなくなってきた。これはまずい。

「エモンガ、エレキボール」
『うっわあ!!』

間一髪、美遥はエモンガから放たれた電気の球を飛び越えて避けた。隙をつくようにして素早く美遥をボールに戻し、すぐさま次のボールを放り投げた。

「琳太、りゅうのはどう!」
「かわしてボルトチェンジ!」

またあの技だ。今度は誰に交代する気なのだろう。先程のエモンガか、はたまたゼブライカか……。
接近してくるエモンガを見て、閃いた。向こうは琳太に攻撃を当てなければ帰れない。

「かみくだく!」

ならば、帰れないように今、ここで戦うしかない。
大きく口を開けて、琳太がエモンガを迎え撃つ。がちん、と大きく牙の噛み合う音がして、エモンガがボールへと戻っていくことはなかった。

「エモンガ、戦闘不能!」

どうやら何とかなったようだ。ぐずるように小刻みに揺れている美遥のボールを見ないふりして、わたしは琳太にお礼を言った。




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