サルニエンシスの剣‐08 

地鳴りのような轟音がした。激しく燃える雷光と、はなちゃんの雄叫び。それらがあいまって、瞳を燃やし、鼓膜を揺らす。
星降る瞳が自身の雷電を吸収し、より一層華々しい光へと昇華していく。煌めく光は、いつしか朝の日差しのように無音で、けれども包み込むような温かさをたたえていた。

『かっこ悪いとか言ってる場合じゃなかったな』

いつだってはなちゃんは、わたしたちのお兄ちゃんだ。危ないことをすれば心配して叱ってくれるし、困ったときには手を差し伸べてくれる。

『これは俺の問題だったんだから』

けれど、そのせいで自分のことをおろそかにしてしまっていたのかもしれない。目の前のことばかりに気を取られて、いつしか自分の身体に溜め込んだエネルギーは途方に暮れていた。溜まりに溜まって、弾けて、ようやくはなちゃんは、自分に目が行った。見つめるべきは、自分自身、そのうちに秘めたもの。

わたしたちがたくさん迷惑をかけて、気を遣わせてしまっていたから、はなちゃんは外ばかりを気にして、振り回されていたんだろう。自分がしっかりしなきゃいけないって、思わせて、追い込んでいたんだろう。
だから、これはわたしの、せめてもの恩返し。はなちゃんが前に進むために、そっと隣に立つことしか出来ないけれど。もっとちゃんと気付いてあげたかったという後悔は、そっと胸の奥に仕舞っておこう。

道を逸れてしまったのがわたしのせいならば、もとの道を示すのも、わたしの背負うところだ。

たくましい身体つきに、精悍な顔立ち。空を刺すようにのびた一対の角のようなものからは、あふれだす電流が今か今かと解放の時を待っていた。弾ける電撃をかたどった尻尾が、ぴんと張り詰める。

「はなちゃん、わたし、もっと頑張るから」
『ああ、それは』

“英断だ”。
耳障りの良い声音を残して、ひとまわりもふたまわりも大きくなったはなちゃんが駆け出す。迸る電撃を身にまとい、加速度的に速度は増してゆく。

ゼブライカとゼブライカが、衝突した。すでに満身創痍だったはなちゃんが、力負けして一歩引く。
けれど、地面に蹄を食い込ませ、はなちゃんは堪えた。額と額を突き合わせ、そのまま互いに動かない。その空間だけ、時の流れから置いて行かれたようだった。

お互いの蹄が、バトルフィールドをめりめりと削っているのが見える。相互に押し切ろうとする力が反発し合って、後ろへ下がるまいと踏ん張った四肢が、かすかに地面を掻いた。

身にまとった電流は、相手を蝕み、自分を鼓舞する輝き。一歩も譲らぬ力勝負の結果は、カミツレさんのゼブライカに軍配が上がった。

全ての力を使い切ったはなちゃんが、ふらりと倒れる。身体と地面がぶつかった振動がわたしの足を駆け上ってしまう前に、はなちゃんのもとへと駆け寄った。

傷だらけの身体だけれど、首をもたげてわたしの方を向く。土埃など気にもかけず、座り込んで、膝の上にはなちゃんの頭を乗せた。
……もう、抱きかかえられないなあ。

「はなちゃん、お疲れさま。ありがとう」
『何でお前がお礼言ってんだよ……それはこっちの、』

そこではなちゃんの身体から、一切の力が抜けた。一気に膝の上にのしかかる重みを感じながら、優しくボールを額に当てる。

『次に戦う時を楽しみにしている』
「はい。また、よろしくお願いします」

反射的にうなずいてしまい、ゼブライカの驚いた表情を見てはっとする。幸い、カミツレさんからはゼブライカの身体が影になって見えていないはず。
人差し指を口元に当てる仕草をすれば、戸惑いながらもゼブライカは黙ったまま、カミツレさんのそばにとことこと戻っていった。

「カミツレさん、ありがとうございました」
「わたしは何もしてないわ」

いたわるようにゼブライカの頬を撫でているカミツレさんが、小さく笑う。こういうちょっとした所作ですら絵になるのだから、モデルってすごい。
でも、わたしが話しかけているのは、挑みたいと思っているのは、ジムリーダーのカミツレさんだ。

「今度は、挑戦者としてここに来ます」
「ええ、待っているわ」

先輩トレーナーとしての指導を受けるのはおしまい。次ここに来るとき、わたしはチャレンジャーだ。

晴れ晴れとした気持ちでジムを後にする。
でも、喜んでばかりもいられまい。はなちゃんは大きく成長した。じゃあ、わたしは?わたしだって成長しなくちゃ。はなちゃんにもみんなにも認めてもらえるように。頼ってもらえるように。

今夜は、はなちゃんの進化のお祝いをしようと懐具合を確認しつつ、ポケモンセンターの自動ドアを通り抜ける。
はなちゃんと琳太をヒーリングに出している間、膝の上に美遥を乗せて、ぼんやりと窓の外を眺めていた。真っ白で強い光ばかり見続けていたせいか、やけに夕陽が色濃く見える。

沈みかけた夕陽をバックに、遊園地がちらりちらりと明かりをまとい、夜の夢に向けての準備を始めていた。


16.サルニエンシスの剣 Fin.

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