サルニエンシスの剣‐07 

赤い閃光が、雄々しいゼブライカの姿に変わる。
わたしが口で教えるよりもこの方が早いでしょ、と言ったカミツレさんは、わたしにはなちゃんを出すよう促した。きっと練習試合、ということだろう。

「いってらっしゃい、はなちゃん」
『おいおい他人事かよ……』

確かにちょっと見放してしまった感じになっちゃったな、と反省しつつ、はなちゃんとゼブライカとを見比べる。体格も雰囲気も全然違う。
今からはなちゃんとゼブライカが戦って、そうしたら、はなちゃんに何か掴めるものが見つかるのだろうか。

「さあ、かかってらっしゃい」
「はなちゃん、スパーク!」

改善したいのは電撃の扱い。だから、たとえ相性が悪いと分かっていても、電気技で攻めていくしかない。勝つことが目的ではなく、あくまで、はなちゃんが何かを掴むためのバトルなのだ。けれど、負けるのは嫌だという気持ちだって、もちろんあった。

ぱちぱちと、微弱な電流を生んだたてがみ。走り出したはなちゃんに遅れてついていくように、少しだけ光が強くなった。それでもいつもと比べれば、とてもスパークとは言えないものだ。

「ゼブライカ、こちらもスパーク」

普段のはなちゃんが放つ電撃ですら軽く凌駕するような稲妻が迸る。バトルフィールドの向こう側から駆けてくるその姿を見るだけで、まとう電撃の熱が伝わってくるようだった。

『ぐ、あっ』
「はなちゃん!」

はなちゃんの小さな身体は、いともたやすく弾き飛ばされ、地に伏した。効果はいまひとつのはずなのに、なかなかはなちゃんは立ち上がれないでいる。電撃だけではない。あの体躯から繰り出された体当たりを、正面から食らったのだから、大ダメージを受けて当然だ。

『逃げずにぶつかったことは称賛に値する。だが、』

そんなことでは私を倒すことは出来ない。
蹄を地面に打ち付けはなちゃんが立ち上がるのを待っているゼブライカ。低く威厳のある声が、はなちゃんの耳を揺らしていた。

『お前の相手は私ではない。それを理解することだ』
『は?何、言ってんだよ……俺の相手はお前だろう、が!』

がつり、地面を抉るように強く前足を叩きつけ、はなちゃんが四肢を伸ばす。

「はなちゃん、いけそう?」
『いけそうじゃねえ、いくんだよ!』

はなちゃん、いつもと違う。
頼もしくて好戦的で、ぐいぐい引っ張ってくれる。それがはなちゃんだ。でも、今のはなちゃんは、そうじゃない気がした。どこが、と言われるとうまく言えないけれど。

『いつまでもこんなかっこ悪いままでいられるかよ……!』

低い声で呟かれた言葉は、わたしに届く前に、光の弾ける音で掻き消えた。
歯を食いしばり、身体中の力を使って、はなちゃんが雷光をその身に集める。けれどそれは途中で霧散して、細かく光りながら空気にとけていった。

『クソッ』
「ゼブライカ、ほうでん」

力強い電撃が、激しくバトルフィールドを駆け抜けた。容赦なくはなちゃんを刺し貫く雷撃。それが引き金だったかのように、震えるはなちゃんの身体からも電流があふれ出す。引きずり出された光は、はなちゃんの支配の域を出て、好き勝手に暴れ出す。遊園地のときと同じ現象だ。

『言うこと聞け、っての!』

光の中から悪態が聞こえてくる。まぶしさに目が慣れないうちから、はらはらとした気持ちで見守っていたけれど、やはりはなちゃんは苦しんでいた。

何かが焦げる、嫌なにおいが鼻を突く。指先に軽い刺激が、鼻先に瞬く光がちらつくけれど、今度は1歩も引かない。ここで、はなちゃんと一緒に戦う。

「はなちゃん、はなちゃん!」
『ああ!?』
「その電気は、はなちゃんのものだよ!」
『はあ?何言ってんだよ!』

一応、わたしの声は届いているらしい。ゆっくり説明したいけれど、そういう場合ではない。だから、わたしが出来るのは、短く言葉を投げること。はなちゃんが進む道を照らすこと。

「前に進まなくていい!」
『お前、さっきから何言ってんだ!?っくそ、』

はなちゃんは、突然うまくコントロールできなくなった自身の電撃に苦しめられている。
今、確かにはなちゃんはバトルフィールドに立っているけれど、決して相手に苦しめられているわけではない。ゼブライカのほうでんは、はなちゃんの電気が暴走を始めたときには、もう止んでいた。今はただ、静かにはなちゃんを見つめているだけ。

ゼブライカの言ったとおりだ。はなちゃんの敵は、ゼブライカじゃない。

「判断を、誤るな!」

英断だと言わせてみせる。わたしと一緒にいてよかったと、思わせてみせる。

「英!!」

その名を受け入れたあなたなら、きっとこの思いが伝わるはず。

瞠目したはなちゃんが、ゆっくりと目を閉じ、そして、開く。星を散らした丸い瞳がわたしをとらえ、それから、もっとずっと遠い場所を見つめた。そこから先はもう、わたしには手の届かない領域だ。わたしにできることは、両手でこぶしを作って踏ん張り、祈ること。目を、逸らさないこと。ひりつく頬も、耳障りな雷の呻き声も気にならない。

『そうだな』

まばゆい光の彼方で、ちょっとだけはなちゃんが笑ったように見えたのは、まぶしさで麻痺したわたしの目の錯覚だろうか。星が散る。光が舞う。

『……俺は、英だ』

どこまでも優しく力強い光が、淡い産声を上げた。




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