サルニエンシスの剣‐06 

遊園地を出て、とぼとぼと街の中を歩いていると、聞きなれた声を耳にした。しかも、いつも聞いていたようなほんわかした声音ではない。ただならぬ気配を感じて、声のした方へと足を進める。

「やだあ!!リサとチェレンと、それからポケモンと、一緒に旅するんだもん!」
「ダメだ!よそはよそ、うちはうちだよ」

ベルと、それから、……ベルのお父さんだ。どうしてこんなところに居るのだろう。他所の家の会話に首を突っ込むのはいかがなものかと思ったけれど、素通りするわけにもいかない。
ベルに向かって手を振れば、ぱっと顔を輝かせた。走ってきたかと思うと、わたしの腕に自分の腕を絡ませてきて、ベルのお父さんのところまで。あれよあれよという間に連行されてしまった。

「リサ!リサも何か言ったげてよお!」

そんなこと言われても。何となく察するに、ベルはお父さんに連れ戻されそうになっているのだろう。
わたしだってベルと一緒にこのまま先に進みたい。でも、わたしが家庭の事情に口を挟むのも筋違いだ。うーむ。

「お嬢さん、旅を続けなさいな」

ベルの背中を押したのは、わたしではない、第三者の声だった。
すらりとした長い手足に、明るい金の髪。雑誌で見た通りの、いや、それ以上の洗練された美しさを従えて、ライモンシティジムリーダー、カミツレさんがそこにいたのだ。

「ちょっと!どなたです?親子の話に……!」
「カミツレと申します」

この街のジムリーダーやモデルをしています、という言葉に、ベルが目を輝かせたのが、雰囲気でわかった。対照的に、ベルのお父さんは気圧されて一歩引いている。しかし、大人しく引き下がってしまう様子ではなかった。

カミツレさんの説得は、わたしの心にも響いていた。自分と他人は違うこと。違っていて当然だということ。
ポケモンはいつもトレーナーのそばにいて、とても頼りになる存在だということ。
かつてはこの人も、全国をその足で巡っていたのだろうか。そうでなければ語れないようなオーラが、彼女から伝わってくる。
これはきっと、誰しもが通る道。進み方も歩く速度も違えども、ふみしめるのは同じ土なのだ。そうして、その土を自身の足で蹴り出した者だからこそ、今ここに、こうして立っているのだろう。

ベルの必死の懇願と、カミツレさんの滔々とした説得により、ベルのお父さんは納得したのだろう。心配そうな表情ではあるものの、ベルの旅を見守ると、そう言い残して去っていった。

「おせっかいだった?何だか困っているように見えたから……」
「そんなことないですっ!ありがとうございました!」

ミュージカルが気になると言い残し、意気揚々と駆けて行ったベル。残されたのは、わたしとカミツレさんの2人だけだ。

「あなた、ポケモントレーナーなの?」
「は、はい」
「なら、ポケモンジムにいらっしゃい。わたしが旅の厳しさ、教えてあげるから」

今なら。違う、今しかない。ジムに行けばチャレンジャーとして迎え入れられてしまう。だからこそ、その前に、カミツレさんに聞いておきたいことがあるのだ。

「あの!」

立ち去ろうとしたカミツレさんを引き留める。今はジムリーダーとしてではない。ポケモントレーナーとして大先輩である、カミツレさんの言葉が聞きたい。

「わたし、シママを持ってるんですけど、その、さっきから様子がおかしくて……」
「見せてもらえる?」

言われるままにおそるおそる開閉スイッチを押した。出てきたはなちゃんは、何とも無さそうな様子でそこにいた。

「さっきバトルをしたとき、いきなり電気の制御がうまく出来なくなったみたいで、電気技を失敗したり、逆に力があふれてきちゃったり……こんなこと初めてだから、どうしたらいいかわからなくて」
「そう……」

ジムリーダーで、しかも、電気タイプのエキスパートなカミツレさんなら。どうしてはなちゃんがこんなことになってしまったのか、わかるかもしれない。

しばらくはなちゃんと同じ目線までしゃがみ込んで、まじまじと様子を観察していたカミツレさんが、顔を上げた。至近距離で散々見つめられたはなちゃんは、居心地悪そうにボールへと戻っていく。

「なら、尚更わたしのジムにいらっしゃい。今回はチャレンジャーとしてではなく、悩み多き少女として、ね?」
「は、はい……!」

わたし、そんなにたくさん悩んでいるように見えたのだろうか。何はともあれ、こうしてジムリーダーじきじきにご教授願えるというのはとてもラッキーなことだ。
お言葉に甘えてカミツレさんのあとに続く。あれ?さっき通った道だな……、と思ったわたしの勘は間違いではない。カミツレさんのジムは、遊園地の隣に建っていたのだ。

「今日はこっちからね」

正面ではなく裏口から、カミツレさんに促されるまま建物の中へ。薄暗い通路を通り、開けた場所に出たかと思えば、そこには本来屋外にあるものが存在していた。ジェットコースターだ。挑戦者は皆、あれに乗りながらジムトレーナーと戦い、ここまでやって来るのだという。ジェットコースターが苦手な人にとっては地獄だろうなあ。

「今度はちゃんと、正面から入ってちょうだい。……それじゃ、始めましょうか」
「はい。……え?」

バトルフィールドの所定の位置に立ったカミツレさんが、自身のモンスターボールを手に取った。




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