サルニエンシスの剣‐05 

それはもはや、いかずちの迸り、その始まりだった。雷そのものを身にまとったかのように、はなちゃんが強く鋭い光を放っている。

「は、はなちゃん……?」
『くっ……そ!!何だよこれ!?』

ばちばちと弾け飛ぶ電撃の残滓が、わたしの指先にぶつかって、痛みを残して去っていく。思わず1歩引いてしまったけれど、逃げるわけにはいかない。

「はなちゃん、大丈夫!?」

爆ぜる音に負けないくらいの声で叫ぶ。はなちゃんから生まれた稲妻は、はなちゃん自身をも蝕んでいるらしく、必死に歯を食いしばって耐えているのが、光の隙間から見えた。
Nが目を見開いているのが、視界の端に映る。となると、これはシンボラーが何かを仕掛けていたわけではないらしい。単純にはなちゃんが、自身の電撃を制御できていないのだろう。どうしてこうなってしまったのか、わからない。それははなちゃんもおなじようで、ひたすら困惑した声音で悪態をついていた。

どうする。何をすればいい。バトル中とはいえ、このままではそれすらもままならない。試しにかざしたボールは、赤い閃光を弾かれて沈黙した。
その間も、光は消えず、ただただ激しく空を焼いている。目の前が真っ白になって、時々はなちゃんのうめき声が聞こえてくるばかりになってしまった。あの様子では、もうわたしがいくら叫んだところで、届きはしないだろう。


「メグロコ、いけるかい」

いつの間に、わたしの隣までやって来ていたのだろう。Nが、きずぐすりを吹きかけ、そっとメグロコの背を撫でる。

「トモダチが苦しんでいるのは、放っておけない」

ボクのメグロコが近づいて、一瞬だけシママの気を逸らすから、その隙に。
そう言うが早いか、Nはメグロコにうなずきかけた。メグロコが、走り出す。チャンスは一瞬。電気技の通じないメグロコが、はなちゃんの身体に接触したその瞬間だ。

あと少し、もう少し……。3、2、1、今だ!

「はなちゃん!!」

メグロコの接触により、電気がはなちゃんから大地へと逃げていく。その刹那、のどが焼けるほどに声を張り上げた。丸い耳がぴんと立って、わたしの声を拾う。
残像現象。瞬きの度にはなちゃんの影が動いているのを感じながら、再びモンスターボールを突き出した。

「戻れ!」

強すぎる光が消え失せ、いっそ暗いとすら感じられる視界の中で、シママのかたちが赤い光となって、歪んで、わたしのところに帰ってきた。
モンスターボールの表面がしばらくぴりぴりしていたけれど、ぎゅっと両手で、祈るように包み込んでいれば、やがてそれも落ち着いた。ボール越しに、そっと話しかける。

「はなちゃん、はなちゃん、聞こえる……?」
『……聞こえる』
「大丈夫?どこも痛くない?」
『ああ。お前こそ、無事か?』
「うん、うん、わたしは大丈夫……!よかった……」

ほっと安堵の息を吐く。元に戻ってくれたようだ。Nとメグロコにお礼を言おうとして、バトルが途中だったことを思い出す。けれど、Nはもう、シンボラーをボールに戻していた。

「キミは……何者だ?」

無感情な瞳に射抜かれる。どくり、心臓が跳ねた。一体、どういう意味で尋ねているのだろう。わたしの何を知りたいのだろう。

「バトルはボクの負けだ。これは変わらない。……だが、見えていた未来と違う……」

ぶつぶつと彼がつぶやいている言葉のすべてを聞き取ることは、出来なかった。早口すぎるし、わたしに向けて言っているというよりは、独り言に近いものだったせいだろうか。

「ボクを止めたいかい?」
「……」
「ポケモンといつまでも一緒、そう望んでいるのかい」
「それは、もちろん」
「ならば、ポケモンリーグに向かえ!ボクは変えるべき未来のために、チャンピオンを超える。止めたいと願うのならば、そこで、ポケモンリーグで、ボクを止めてみせるんだ」

言われなくても、わたしの目標は、ポケモンリーグだ。正確に言えば、その手前、ではあるけれど。それでも、わたしがポケモンと共にありたいことを願う限り、Nとは対立し続けることにはなるし、いずれは決着を付けなければならないのかもしれない。

……果たしてNが決着をつけるにふさわしい相手が、わたしなのかはわからないままだけれど。世界にはもっと、わたしよりもとびきり腕のいいトレーナーがごまんといるはずだ。

「はなちゃんの件に関しては、ありがとう。本当に助かった」

でも。これだけは覚えていてほしいい。迷ってばかりいるわたしだけれど、譲れないものも、確かにあるのだと。

わたしの言葉に目を見開いたNの口角が、わずかに上がった、ような気がした。すぐに背を向けられてしまったので、確認する術はない。無言の背中にとてつもなく大きなものを背負っているような気がして、目を伏せるだけで精いっぱいだった。

Nがいなくなった遊園地。
いつまでもここに突っ立っているわけにはいかないので、足早に夢の場所を後にする。出口をくぐる瞬間、ちょっとだけ振り向いてみたけれど、子供たちがはしゃぎまわっている、ごくごく普通の遊園地にしか、見えなかった。気のせい、かな。
ショルダーバッグにつけていたやすらぎのすずが、互いにぶつかり小さく鳴いた。




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