サルニエンシスの剣‐03 

九十九と、念のために美遥にもヒーリングを受けてもらおうとしたのだけれども、美遥は大丈夫の一点張りで、結局押し切られてしまった。
待ち時間はロビーのソファーに腰掛けて雑誌をめくるのが常なので、適当に1冊手に取る。それはポケモンジャーナルの新刊だったようで、まだ紙の端が擦り切れていなかった。

「ライモンシティジムリーダー特集……?」

折しも、今度挑戦しようと思っていたライモンシティジムリーダーの特集記事が掲載されていた。これはうれしい。相手のことを知っておくに越したことはないのだから。
どうやらモデル業界にも進出しているようで、なるほど抜群のスレンダーボディだ。使用するポケモンは電気タイプ。はなちゃんと同じタイプだ。九十九や美遥にとっては、厳しいバトルになりそうだ。はなちゃんも防御面はいいとして、攻撃となるといまひとつだろう。有効打となる地面タイプの技を覚えた子もいないので、負担が大きくなってしまうけれど、琳太に頼るしかなさそうだ。

「あっ」
「なになに?」

思わず声を上げてしまって、美遥が覗きこんできた。はなちゃんと琳太も何事かと近寄ってくる。

「これってはなちゃんの、」
「ああ、そうだな」

ページをめくると、カミツレさんとパートナーポケモンの紹介があったのだが、そこにいたポケモンがはなちゃんにそっくりだったのだ。
ぐっと鋭い眼光に、荒々しいたてがみ。身体も随分と大きく、たくましくなっている。ゼブライカ、というらしい。

「はなちゃんもこんな風になるのかな」
「ま、まあな」

いつかはそうなるだろうよ、と呟いたはなちゃんは、どうでも良さそうな返事の割に雑誌の見開きから目を離していない。やっぱり進化というものには憧れがあるのだろう。

そうやって和気あいあいと時間をつぶしているうちに、ひょっこりと九十九が戻ってきた。毒消しのおかげで早めに治療が終わったらしい。その頃にはわたしの膝は美遥と琳太に占領されていて、腕も片方ずつ持ってかれていた。両側からひっついてわたしの一部のようになっているから、ミノムシのようである。ずいぶんあったかくてよく動くミノではあるけれど。

「おかえり、九十九」
「ただいま」

じゃあ行こうか、と全員揃ったところで向かうのは遊園地。はなちゃんはガラじゃねえとか何とか言っていたけれど、出店のクレープをかじって満足げだ。なんだ、楽しんでるじゃないか。
迷子にならないようにと、自然に琳太と手を繋ぐ。

「あーっ、琳太だけずるい!おいらも!」

最近、もう一本手が欲しいと思う。両手を琳太と美遥で塞いでしまうため、とっさのことに対応できなさそうで不安なのだ。何かなくても、わたしが転びそうというのが一番心配なところである。特にこんな人の多い、歩きなれていない土地は。

「琳太、美遥と手つないでくれる?」
「ん」
「やだやだ、おいらもリサとつなぎたい!」

これは困った。正直、小さい子の相手というものにわたしは慣れていない。ひとりっこのように育ったし、肝心のきょうだいはわたしよりもいっそ大人に見えるくらいで。琳太も、進化前の九十九も、大人しい性格だからわたしが振り回されるようなことはなかったのだ。

「だめ……?」

うぐぐ、そんな目で見つめられると断りづらい。かといって琳太の手を離すわけにもいかないし……。

「じゃあこうしてやるよ」
「おわっ!?」

唐突に、はなちゃんが美遥を抱えあげたと思ったら、あっというまに肩車をしていた。突然高くなった視界に驚いていた美遥だが、普段からは想像もつかないくらい広い視界に興奮したのだろう。目をきらきらと輝かせていた。

「おおおっ!すごいぞー!たかーい!!」
「暴れんなバカ!」

見事、美遥の興味はわたしから逸れ、落ち着いて歩くことが出来るようになった。
はなちゃん、育て屋にいた頃は小さなポケモンの世話もたくさんしてたんだろうなあ。美遥の扱いがうまいというか、とっさの気遣いが絶妙というか。わたしとしては大変ありがたい。

「しばらくしたら美遥と琳太、交代な」
「ん」
「いいぞー」

色鮮やかな施設の間をゆっくりゆっくり歩いていく。愛くるしいポケモンのかたちをした風船を持った子供が駆け抜けていったり、カップルが仲睦まじくベンチに座っていたり。
九十九がバニーガールのお姉さんから風船を渡されようとしてあわあわしていたのは、なかなかおもしろかった。本人は笑い事じゃなかっただろうけど。

特に乗り物に乗ることもなく、のんびり足を運んではいたものの、わたしはひとつだけ、乗ってみたいものがあった。観覧車だ。街が一望できるまたとないチャンス。今までを振り返ってみたら、高い所からこの地方を一望したことは一度もなかった。少しでも広い世界を見てみたくて、遊園地の一番奥まで、こうしてやって来たのである。というのに。

「プラズマ団を追ってきたのかい?」

どうして、遊園地という夢の国で、彼と出会ってしまったんだろう。
光のない目でわたしを見て、彼は足早に歩きだす。ついて来い、ということだろう。淡い新緑の髪を、2,3歩後ろから追いかける。琳太を残して、他の子たちはボールに戻しておいた。美遥が少しごねたけれど、この状況では仕方ない。ちょっと強引に、ボールに戻してしまった。

Nが言うには、プラズマ団は遊園地の奥に逃げたのだという。……深追いする気はなかったんだけどなあ。なんだか面倒事の気配がして、チェレンの口癖が思い浮かぶ。これは実に「メンドー」だ。

「いないね。観覧車に乗って探すことにしよう」

ちょっと待ってほしい。これはどういうことだ。
けれどわたしが何か言う前に、Nはわたしの手を引いて観覧車へと乗り込んでしまった。わたしに出来たことといえば、強く琳太の手を握ること、それくらいであった。




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