イカサマ少女の夢‐01 

闇夜に灯る、鮮やかなイルミネーション。そっと閉じていた宝箱からこぼれ出たかのような明かりが、わたしを誘うようにまたたいている。

「……?」

きゅっと握られた右手に違和感を覚えて下を向く。いつもの感触と、違う気がしたのだ。果たしてそれは正解で、わたしの手は知らない女の子につかまれていた。わたしが見ていることに気付いた少女が顔を上げ、にっこり笑う。

「びっくりした?」
「う、うん。あなたは……?」
「あたし、リサと遊びたくて!ね、いいでしょ?」

くりくりとまあるい目をいっぱいに開いて、楽しげな表情を浮かべる少女。いや、少女というよりはほとんど幼女に近い。見た目だけならば、琳太や美遥とそう変わらないだろう。
初めて会ったはずなのに、どうしてわたしの名前を知っているのだろう。その疑問が解消されないまま、わたしは女の子に手を引かれて、夜の遊園地の中を歩いた。

・・・・・・あれ、琳太は?腰のベルトホルダーがない。琳太どころか、みんないない。不安に駆られて前を向く。女の子の歩調は緩まない。こんなに小さな身体のどこに、と思ってしまいそうなくらい、彼女は力が強くて、歩くのも早かった。彼女の思うままに、ことが運んでいく。

「ね、ね、きれいでしょ!?」

ふわふわと、高い位置でひとくくりにした女の子の髪が揺れる。はしゃいでいる彼女の心情を表すように、それは元気いっぱいに弾んでいた。

「リサなら絶対気に入ってくれると思うの!」

夢のような光景だ。人が乗っていないのに、回り出すメリーゴーランド。たてがみが炎のように燃え盛る馬の乗り物なのは、何かのポケモンを模しているのだろうか。ゆっくりゆっくり、音楽に合わせてまわるそれを横目に、歩き続ける。女の子は、まだ手を離してくれない。

いつしか引っ張られるのではなく、並んで歩くようになっていて、わたしがそれに気づいたころ、ようやく女の子の足が止まった。

「一緒に乗ろ!」

小さな手が示したのは観覧車。そういえば、乗ってみたいと思いながらも結局のところ楽しむ余裕はなかったんだよなあ。わたしがうなずけば、ぱっと彼女は顔を明るくさせた。本当に、花が咲いたかのような笑みだ。

ゆっくり降りてきた観覧車の一室。そのドアが、ひとりでに開いた。まるでわたしたちを迎えてくれているみたい。乗り込むとまた勝手にドアが閉じ、再び観覧車は動き始める。段々と高くなっていく視界にわくわくしてしまうのは、小さい頃から変わらない。

遊園地の明かりが小さくなっていく。宝ものの詰まったおもちゃ箱を眺めているような気分だ。ライモンシティの街並みは、遊園地に遠慮してか控えめに明かりを灯すだけで、そのコントラストが夢の明かりを余計に引き立たせていた。

「綺麗だね……!」
「でしょでしょ!リサ、嬉しい?楽しい?」
「うん、ありがとう」

わたしのわくわくが、彼女に移ったのか。それとも、彼女の弾む気持ちがわたしに伝染したのか。

「あたしね、リサのことずっと見てたの。ずっと見てて、楽しそうだな、一緒に遊びたいなって、思ってて!だから、喜んでもらえて嬉しい……!」
「ずっと……?」

じゃあ、ポケモンセンターの窓辺で感じた視線も、この街を歩いていて時折感じていた違和感も、全部彼女だったのだろうか。
遊園地の奥の方、街並みが滲んでぼやけているあたりを眺めながら、必死に頭を巡らせる。まず、この子の正体、それから、この子には親がいないのだろうかという疑問。だって、ポケモンセンターで感じた視線、あれは夜だった。夜にひとりっきりで、こんなに小さな女の子が出歩くだなんて、いくらなんでも危険すぎる。今だってそうだ。彼女はひとりでわたしの前に現れて、何でもないような顔をして、わたしと観覧車に乗っている。

「あなたの名前、聞いてもいいかな」
「あたし……?あたしは、うーん、」

ひみつ!そう言って彼女は誤魔化した。誤魔化しきれてひないけれど、これ以上は聞くなということだろう。気分を害してしまったかと思ったが、そういうわけではないらしい。床につかない足をぶらぶらさせて、女の子はにこにことわたしを見つめている。

「じゃあ、お母さんとかは、いるの?」
「うん、いるよ!おかーさんにおとーさん、おにいちゃんもおねえちゃんもいるよ!きょうだいたくさんいるの!こーんなに!」

両手をいっぱいに広げる彼女を見て、思わずわたしの頬が緩んでいく。たくさんのきょうだいに囲まれるというのがどんな生活なのか、知る由もないけれど、きっと毎日が楽しいのだろう。家族のことを話す彼女は、とてもきらきらしていて、はつらつとしていた。

「こんな時間に出歩いて、お母さんたちは心配してないかな」
「うん、見つからないようにこっそり、来ちゃった。だって、どうしてもリサと一緒に遊びたかったんだもん」
「どうしてわたしと……?」
「あたしが一緒に遊びたいって思ったから!」

でも、そろそろ帰らなきゃ。
観覧車を降りて、メリーゴーランドに乗り、大きなポケモンのかたちのバルーンが空に消えていくのを眺め。どれくらいの時間が経ったのかはわからなかったけれど、唐突に女の子が呟いた。

少し寂しそうな彼女と手を繋いで、来た道をまた戻っていく。夢の国への入り口でもあり、出口でもある門が、軋んだ音を立てて口を開けた。

「また遊んでくれる?」
「うん」
「約束ね!」

互いの小指を絡め、契りを交わす。

「次は、もっといいところ連れてってあげる!」

彼女は笑って、わたしにぎゅうっと抱き着いてきた。ふわふわの髪を撫でると、くすぐったそうに身をよじる彼女の愛らしいこと。女の子とこうしてスキンシップを取るのは久しぶりだから、一層癒された心地がするのかもしれない。

曇りない、抜けるような青空色の瞳が、わたしの顔を映した。

「またあした!」

それからどうやって帰って、どうやって布団に入ったのか、よく覚えていない。
あまり良く眠れなかったような気もするし、ずっとぐっすり眠っていたような気もする。ただ、歩きすぎたせいか、ふくらはぎが鈍痛を抱えていた。




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