サルニエンシスの剣‐02 

ヤブクロンは見た目通り、あまり素早くなさそうだ。対照的に、ミルホッグは素早い身のこなしで九十九に迫っていた。

「シェルブレードで受け止めて!」
「美遥、にらみつける!」

シェルブレードにミルホッグが衝突した瞬間、美遥のにらみつけるが決まり、ミルホッグに隙ができた。

「みずのはどう!」
「ヤブクロン、どくガスだ!」

みずのはどうによってミルホッグが吹き飛ばされたものの、入れ替わるように仄暗いガスが九十九の周りに充満した。
手を口に当てたものの、すでに手遅れだったようで、げほげほと九十九は苦しそうに噎せている。

「九十九、」
「リサは美遥を!」
「あっごめん」

思わず気がかりで声を上げてしまったけれど、今、わたしが一番気を配るべきなのは、美遥だ。九十九はサツキに任せなきゃ。

「美遥、かげぶんしんからでんこうせっか!」

ガスを振り切るようにして、いくつもの影にわかれた美遥が飛びだした。地を蹴り、ヤブクロンへと突っ込んでいく。けれど、向こうもやられっぱなしではない。立ち直ったミルホッグがヤブクロンの前に立ちふさがり、鋭く瞳をきらめかせた。

「ミルホッグ、みきりだ!」

ミルホッグは、美遥の本体がどこにあるのかを分かっているようなそぶりでしなやかに身体をくねらせ、でんこうせっかを交わした。そこまでは良かったのだ。向こうにとっては。

『お、わ!?』

勢い余った美遥は、ミルホッグの後ろにいたヤブクロンに突っ込んでいき、結果として向こうにダメージを与えることに成功した。

「シェルブレード!」

美遥の背後を取ろうと動いたミルホッグを、九十九が阻止する。毒が回り、肩で息をしてはいるものの、まだまだしっかりとした足取りだ。九十九の背中を頼もしいと思うようになったのは、いつからだろう。

「美遥、ヤブクロンにつばさでうつ!」

たたみかけて、ヤブクロンを戦闘不能に。続いてミルホッグも九十九に敗れ、勝負あり。プラズマ団はポケモンボールに戻し、どこかへと走り去ってしまった。

「追いかけとくか?」

はなちゃんの問いに、首を横に振る。深追いして、その先にたくさん彼らの仲間が待機していたら、向こうの思うつぼだ。それに、九十九は毒を受けている。なるべく早くポケモンセンターで治療してもらいたい。

「助かったよ、ありがとう」

おじいさんがお礼にと差し出したのは、赤い紐が括り付けられた、小さな銀色の鈴だ。とてもよく見覚えがある。

「これはやすらぎのすず、といってな。ポケモンに持たせておくと、よく懐いてくれるんじゃ」

そういった効果のある代物だったのか。どうりで鈴の音を聴いていると、落ち着くわけだ。
これをもらってしまっては2つ目ということになるけれど、ありがたく頂戴する。2つあっても困らない、というか、2つある方がもっと安らげるかも……?

「ありがとうございます!」

おじいさんやサツキともっと一緒にいたかったけれど、育て屋でお留守番をしているのがおばあさんひとりだけというのは心配だ。名残多しいけれど、街の入り口、リゾートデザート方面に向かうゲートまで見送るに留まった。

「なあなあ、おいら、役に立った?がんばれてた?」
「うん、ありがとう美遥」

両手でわたしの手を握り、ぶんぶん振り回す美遥。わたしがうなずけば、目を輝かせてより一層興腕を大きく振り回した。身体は小さいのに結構力があって、腕がもげそうだ。

「おいチビ、落ち着け」
「チビじゃないもん美遥だもん!あっおい!」

興奮気味の美遥の首根っこを、はなちゃんが鷲掴みにして持ち上げた。悪戯好きの野良猫を捕まえたような構図だ。

「はーなーせ!」
「リサが痛がってただろーが!」
「えっそうなの?」

ばたばたと四肢を好き放題に暴れさせていた美遥が、わたしの名前を聞いて、ぱったりと動きを止める。
美遥は不安そうに、はなちゃんは半ば呆れたようなジト目で、わたしのことを見ていた。

「えっと……うん、まあ、ちょっと痛かった、かも」
「控えめになってんじゃねえよ。こういうのはビシッと言ってやれ!」
「うわ、リサ、ごめん!!」

わかりやすく美遥が眉をハの字にしてうなだれる。何だかしゅんと垂れ下がった犬のしっぽが見えるぞ。

「ごめん、リサ、おいらのこと、きらいになった?」
「えっ、なってない!なってないよ!」
「ほんとに!?」

もしかして美遥は、わたしが置いていったことをまだ気にしているのだろうか。嫌われてしまったら、今度こそ本王に置いていかれると思って、しきりに役に立ち違ったり、こうやって大げさなまでに反応しているのだろうか。

「あーもう!女々しいぞ美遥!」
「だ、だって……!」

だめだ。その先は。その先を聞きたくない。その先を美遥に言わせてしまってはいけない。

「リサがまた、おいらのこと、おい」
「みはる、」
「美遥!」

思わず叫んでしまったわたしとは対照的に、静かに声を上げたのは、九十九だった。わたしよりもずっと小さな声だったのに、透き通って響く声。応急処置で渡した毒消しが効いたのか、幾分か足取りはしっかりしていた。

「リサはもう、置いていったりしないよ。ね、」

その確認は、わたしにも向けられていたし、美遥にも向けられていたように思えた。少しだけ落ち着きを取り戻し、ようやく地に足を付けることを許された美遥が、わたしを見上げる。

「大丈夫だよ、美遥。一緒に行こ?」
「……!うん!」

差し出した手に、美遥はしっかりと応えてくれた。気づけばもう、ポケモンセンターは目の前に。元気に前を向いて歩いている美遥を横目に、そっと九十九へと目配せをする。
わたしの空いた方の手を、きゅっと琳太が埋めた。




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