後ろ手の目隠し‐06
みんなを回復させている間、先に部屋でシャワーを浴びさせてもらうことにした。生まれ変わったような気分で浴室を出て、がしがしと髪の毛を拭きながらカーテンを開けた。
「う、わあ……!」
テレビでよく見るような、きらびやかな夜景がそこにはあった。ヒウンシティの蛍光灯色の明かりもなかなかまぶしかったけれど、あれは無機質なものだった。ここのはまたヒウンシティのものとは違って、見て楽しめる色をしている。
遠くに見える、一段と鮮やかなイルミネーションは、遊園地だろうか。観覧車らしきかたちを縁取るようにして光る明かりが、ゆっくりと動いている。もしかして、夜間も開園しているのだろうか。でも、今日遊園地に乗り込む元気はさすがに残っていない。
あの観覧車に乗れば、ライモンシティが一望できて、もっと素敵な夜景が見られるのかもしれない。そう思うと、少しわくわくしてきた。
そうして不意に、夜景から視線を外したとき、何か、違和感のようなものを覚えた。「なに」と具体的には言えないもやもやとしたものが、胸の内に広がる。
ここはポケモンセンターの2階で、狭いベランダもある。ゆっくり目を凝らして、ベランダを観察する。窓を開ける勇気はないから、見るだけ。けれども、何もなかった。
何もないことによって恐怖心が薄らいで好奇心が勝り、よくよく見てみようと窓にぺったり張り付いてみる。やっぱり何もない。
「お前、何してんだ」
「!」
振り向くと、呆れ顔のはなちゃんと、目のやり場に困った風の九十九がいた。変なところを看られてしまった恥かしさを打ち消すようにして、真っ暗な空をカーテンで覆い隠す。
「ちょっと外見てただけだから!……あれ、琳太と美遥は?」
「俺らは早めに終わったんだよ。そうそう、美遥はずっとお前のこと呼んでたぞ」
ヒーリングに出したときはくたくただったけれど、ヒーリングがいざ始まると、わたしがいないことに不安を感じてばたばた暴れたりもしていたらしい。それを聞いて一目散にロビーへと走った。
タブンネに抱えられてしょんぼりしている美遥を見つけ、名前を呼ぶと、一目散にわたしの懐へと飛び込んできた。タブンネはほっとしたような、怒ったような、複雑な顔をしている。手間をかけてしまって申し訳ないと頭を下げれば、やれやれといった風な表情で、タブンネは笑って帰っていった。やんちゃな子供を見守る近所のお姉さんみたいだ。
「うう、またリサがいなくなっちゃってびっくりしたぞお……!」
「大丈夫だよ美遥。タブンネやジョーイさんたちはわるい人じゃないし、わたしもいなくなったりしないから。ね?」
とことこと、タブンネと入れ替わりに歩いてきた琳太が、人の姿をとってわたしの腰にぎゅっとしがみついてきた。
「琳太も、お疲れさま」
「ん!」
腕の中でまだ浮かない顔をしている美遥を抱えたまま、部屋に戻る。手が繋げない琳太はしばらく考えて、彼なりの結論を出したらしい。わたしの上着の裾を掴むことで落ち着いたようだ。
部屋に戻ると、ソファーにだらしなく沈みこんでいるはなちゃんと、椅子にきちんと座っている九十九という対照的な光景が目に入って、思わず笑ってしまった。
「おー、戻ったか」
「うん、ただいま」
「ただいま!」
はなちゃんは視線だけこちらに寄越して、また腕で目を覆ってしまった。ヒーリングしただけでは、やっぱり疲れは取れないようだ。それにしても、はなちゃん、ちょっといつもと様子が違う気がする。怠そうだし、言葉にも視線にも、いつものとげとげしさが感じられない。
「はなちゃん眠いの?」
「多分な」
多分って。それ以上突っ込むと「大丈夫だ」とか言ってあしらわれそうだし、さっさと寝てしまおう。ああでも、その前にちょっとだけ、夜景も見ておきたいな。
「あれ?」
カーテンを開けると、そこには夜空が広がっていた。夜遅くまであ移転しているお店もあるのか、星の数は少なく、仄明るいものの、どこにでもあるような夜空だ。
ない。きらびやかな観覧車も、色とりどりのイルミネーションも、どこにもない。ひょっとして、もう閉園してしまったのだろうか。残念だなあ。みんなにも見せたかったのに。
カーテンをそっと閉めて、布団に入る。美遥も一緒だ。当分わたしのことは放してくれないだろう。琳太も布団にもぐりこんできたけれど、どちらも小柄だからベッドは狭くない。布団がぽかぽかで、すぐに瞼が重たくなった。
眠りの淵で、先ほどの違和感が脳裏をよぎる。あれは一体何だったのだろう。ぬるく回転する頭で考えても仕方のないことだけれど、どうにもそれが気になって仕方がない。そのせいで、身体は眠りに引き込まれそうなのに、頭だけがまどろみにあらがっていた。
あれは、誰かの視線、だったような気がする。誰だろう。誰もいないベランダを、記憶の中から引っ張り出す。もしかすると、他の建物から、たまたまわたしの姿が見えていただけなのかもしれない。それだったら、わたしはかなり間抜けな姿をさらしたことになる。
腕に乗った、琳太の頭の重みと体温、それから、わたしの頬に寄り添うようにして丸まっている、美遥の小さな寝息。それを意識した瞬間に、わたしの意識はとうとう、眠りのただ中へと引きずり込まれていったのだった。
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