後ろ手の目隠し‐05
砂に足を取られながらも必死に駆け、転んだかと思えば原型に戻って、未熟な翼で砂を掻く。ほとんど転がるようにして、美遥はわたしの胸へと飛び込んできた。
「美遥、美遥!」
「探したんだぞおおお!!」
むくり、擬人化して大きくなった身体から伸びた腕が、痛いくらいにわたしを抱きしめている。抱き着くというよりは、しがみつくといった方が正しいのかもしれない。
涙と砂でぐずぐずになった顔を押し付けて、美遥は大声を上げて泣いていた。
「起きたら、みんないなくて……、すっげーびっくり、して!しん、シンボラーにきいたら、もういないって、言うから!」
「美遥、ごめん、ごめんね」
「あそこで、へ、変なおっさんに、襲われたときよりも、リサたちがいなかったことの、方が、ずっとずっと、こわかった……!!」
美遥の涙声にひっぱられて、とうとう私の目からも涙がこぼれだす。負けないくらいぎゅっと抱きしめ返して、小さな身体を閉じ込めるように、腕に力をこめた。遺跡荒らしの男に襲われて、震えていたあの時よりも、怖い思いをさせてしまった。
「ごめんね、ごめんね美遥……!わたし、ちゃんと聞けばよかった!美遥に、一緒に来てくれるかどうか、聞けばよかったのに!置いていっちゃって、ごめんなさい!」
「ううう、リサ、ひどいぞお!おいら、一緒に行きたかった、のに!」
目が覚めた美遥は、シンボラーたちから、わたしがもうここを出て行ってしまったと聞いて、慌てて追いかけてきたのだという。シンボラーたちに引き留められなかったのかと聞くと、寂しそうにはしていたが、笑顔で見送ってくれたらしい。
美遥がどうしたいかを一番に考えて、支えてくれたのは、わたしじゃなくて、シンボラーたちだ。彼らはずっと、見守ってくれていたのだ。腕につけていた鈴が、ちりり、と音を立てて揺れる。それがわたしの背中を押してくれているみたいで、やっと顔を上げることができた。
しっかりと、美遥の目を見る。泣き腫らしたぐちゃぐちゃな顔なのは、お互い様だ。
「美遥、一緒に行こう」
「うん!!」
力強いうなずきが、ぐっと心をつかんで揺さぶった。わたしは美遥と一緒に行くんだ。
走って泣いて疲れてしまったのか、美遥は緩慢な動作で、立ち上がったわたしの服の裾を掴んだ。
「美遥にばいばい、言わなくていいの?一緒に、行くの?」
「うん、美遥も一緒に行くんだよ」
「ん!」
美遥の手を引いて、もう片方のあいた手を琳太に差し出そうとすると、はなちゃんが琳太を抱えあげてしまった。俵のように肩に担がれた琳太は、一瞬何が起きているのかよくわかっていなかったようだけれど、はなちゃんを見て、わたしの顔を見て、にぱっと笑った。
「たかーい!」
「あっコラ暴れるんじゃねえ!」
ばたばたと琳太の動作に合わせて揺れるポンチョが、容赦なくはなちゃんを邪魔している。荒々しく琳太を抱え直して、はなちゃんは足場の悪い砂漠の上を歩き始めた。
ここは視界も悪くて歩きづらいから、わたしの両手が塞がらないようにしてくれたのだろう。
疲れてふらふらしている美遥を連れて、ゆっくりとしか歩けないわたしと、はなちゃんたちとの間には、必然的に距離があく。わたしのそばでゆっくり歩いてくれていた九十九が、小走りにはなちゃんの背中を追いかけて、彼を呼び止めた。
原型に戻った美遥を抱えて、あとからわたしも追いつく。小柄だけれど、岩タイプが入っているせいか結構重たい。うう、こんなとき、リュックサックなら美遥を入れて走れるのに。さすがにショルダーバッグでは振動が大きすぎて、美遥に負担をかけてしまいそうだし……。
砂漠を出て、普通の硬い地面を踏みしめられたことに感動を覚える暇もなく、ひたすら足を動かす。ポケモンセンターや休憩所の類があればいいのだけれど、生憎と近くにそういったものはないようだ。かといって野宿も気が引ける。昨日はシャワーなんてなかったし、髪がごわごわで汗もかいた。今日中に何としても、ライモンシティにたどり着いておきたい。
砂漠の砂が、うっすらとアスファルトを覆っている。それが風で巻き上げられるものだから、結構視界が悪い。夕焼け空も相まって、すぐそばにいるはなちゃんの背中が、ぼんやりと霞むようだった。
「あ、あれ……!」
九十九が少しだけ声を張り上げて、進行方向を指さした。口の中が砂だらけになるのを防ごうとして、手で口を覆っているため、その声はかなりくぐもっていて、良く聞こえなかった。けれど、彼が何かを見つけたことは確かだ。
目を凝らしてよくよく見てみると、夕陽を背にしてたくさんの建物の影が見える。はなちゃんも気づいたのか、立ち止まって「お」と声を上げていた。あれがきっと、ライモンシティ。
それからは早かった。目標がわかりやすくなると俄然やる気が出てくるというわけだ。何とか日暮れ前にライモンシティの地を踏めたわたしたちは、ポケモンセンターに転がり込むようにして入り込み、何とか今晩の宿をもぎ取ることが出来たのだった。
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