後ろ手の目隠し‐04 

熱砂のリゾートデザートは、砂塵が吹きすさび、身体にまとわりついては過ぎ去ってゆく。行き遅れた細かい砂の粒が、服や髪に絡まって、荒っぽい感触で居座っていた。

捨てて、それで、わたしはどうしたかったんだ。楽になりたかった。美遥だって幸せだと思った。

どこまでも沈んでいきそうな足を、そうならないように引き抜きつつ、一歩一歩進んでいく。はなちゃんは、まだ何か言いたげな目をしていて、何度か口をはくはくさせていたけれど、結局あれ以来何も言ってこない。九十九も問いかけに答えないわたしを見かねたのか、それともどうでもいいと思っているのか、無言だった。

「リサ、リサ、」

砂漠の風越しに、琳太のわたしを呼ぶ声が聞こえる。小さな手を引きながら歩いているのに、その声はどこか遠い。一枚膜を張った向こう側から呼びかけられているような気分だ。

「美遥に、ばいばいって、言った?」
「……言って、ないよ」
「美遥、寝ちゃったから、おれも言ってない」
「……」
「言わないでどっか行ったら、美遥、怒るかな」


どうしてこんな、こんなにも簡単なことに、わたしはいつも気がつけないのだろう。九十九の時だってそうだった。琳太のちょっとした、何気ない言葉で、はっと目が覚める。
琳太はわたしが美遥をあそこに置いていくことを、よくわかっていない。難しい事情は一切知らない。だから、素直にそう言えたのだろうか。それともうすうす感づいていて、それでも一番気がかりなのは「さよなら」という言葉を言っていないことだった、ただそれだけなのだろうか。

九十九の時だって、今だって、そうだ。結局、これは「わたし」と「美遥」の問題であって、なのに、美遥の意見を聞いていないのはおかしい。それだけのことなのだ。
いつも目先の不安にばかり捕らわれて前へ進めないわたしに、何がしたいのかというシンプルな問いかけをしてくれるのは、いつだって琳太だ。欠けていた、最も大事なピースが音を立ててはまり、それと同時に足の力が抜けた。視界が低くなり、琳太がわたしを不思議そうにのぞき込んでいるのが見える。

わたし、美遥を捨てようとしてた。

美遥の意見を聞かず、彼がどうしたいのかを確認しないまま、そっと立ち去ってしまった。それは一度モンスターボールに入れ、関係を結んだわたしたちにとって、約束を反故にしていることと等しい。わたしは美遥を裏切ったんだ。
砂漠の終わりはもうすぐそこで、ゲートがうっすらと見えている。太陽によって熱された砂が、容赦なく膝を焦がしているのも気にならない。

たった一言、確認するだけでよかったんだ。どうしようもない後悔が押し寄せてきて、目頭が熱くなった。

「リサさん、行きましょう」
「おら、行くぞ」

はなちゃんが差し出した腕にしがみつくようにして立ちあがる。見れば、2人とも穏やかな表情をしていた。
どうして責めないんだろう。いっそのこと、最低だと詰ってくれたらよかったのに。
九十九の“捨てる”を履き違えて、はなちゃんの警告にもつまらない言い訳ばかり並べたてていたのに。どうして、今になって。こんなわたしに優しくしてくれるんだろう。
強引に「お前は間違っている」と主張するわけでもなく、愛想を尽かして居なくなるでもなく、ずっと待っていてくれたのだ。

「ごめんなさい、ぼくの言葉が足りなかったみたいで。もっとちゃんと、伝えられたらよかったんだけれど」
「ちが、ちがうよ、九十九のせいじゃ、ないの!わたし、自分のことばっかり考えてた」
「ああ、そうだな」
「わたし、わたし、美遥を、」
「わかったから。もう言うな」

美遥を守ることは、わたしには出来ない。その「守る」は普段街を歩いているときの些細なことから、危ない事件に巻き込まれるようなことまで、色々ある。いつも琳太の手を引いていたわたしは、美遥の手を引けば両手が塞がってしまうから。まだまだ不慣れなバトルをこなしながら、怯える美遥を勇気づけるような立ち居振る舞いが、わたしには出来ないから。
あれができないこれができない、とたくさんある道を一歩進んでは引き返す、その繰り返しで、それでも前に進みたいわたしは、捨ててはいけないものを捨ててしまったんだ。

九十九は“捨てる”ことは、誰かに持っていてもらうことだと言った。自分が抱えきれないものを、他の人に支えてもらいながら、少しずつ、取り戻していくんだと。身近に、こんなにも頼りになる存在がいるのに、頼ろうとしなかった自分の愚かさを恥じる。
美遥がいなくなるのは、わたし一人の問題じゃないというのに。ばいばい、も一緒に行こう、も言っていないのに立ち去るなんて、卑怯だ。

「わたし、行かなきゃ」

取り返しがつくかはわからない。でも、行かなきゃ。行って、会って、謝って、それからやっと、わたしは前に進むことをゆるされる。美遥に会いに行こう。詰られても、軽蔑されても、全部全部聞いて、美遥の声に耳を傾けて、わたしがこれからどうしたいのかもちゃんと話して、わかってもらうんだ。


わたしの目を見て、3人が目尻を柔らかく緩めた。それをみとめて、振り向く。

そうして、見つめた先、砂のさざめきの向こう側から、涙に濡れた声が響いてきた。




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