後ろ手の目隠し‐03 

新鮮なもぎたての木の実がいくつかと、それらを干して日持ちをよくさせたもの、それからチーズ。パンも少し。枝に刺して焚火で炙ったチーズは熱々で、香ばしい。ガスコンロでは逆立ちしても出せない香りだ。パンに乗せて頬張れば、特別な気分に浸れた。いつも食べているごはんとはまた違う、外でしか味わえないような特別感。

食事が終わればまた、昨日遊んでくれたデスカーンたちがやって来てくれた。来客は珍しいのだろう。誰もがそわそわとわたしたちを見て、落ち着きのない視線を寄越してくる。

古代の城は人間にとってもポケモンにとっても貴重な遺跡で、お金では価値を付けられないようなものも、たくさんあるのだという。住みかでもあり、多くの歴史を抱えている場所でもあるここを、シンボラーたちはずっと守ってきた。昨日のように、力づくで遺跡を荒らそうとする輩も後を絶たない以上、仲間は多い方がいい、と彼はぼやいていた。

だから、たとえシンボラーがはっきりと口にしなかったとしても、わたしは決めていた。預かったのだという意識で、ずっと接していたのだから。胸の奥の見えない場所が、少しだけ痛んだのを押し込めた。

「お昼前にはここを出ようと思っています」
「そうかね……もっとゆっくりしていっても、と言いたいところじゃけど」

それではライモンシティに着くのが夜遅くになってしまう。相変わらず影に引きずり込まれそうになっている九十九を眺めながら、シンボラーは寂しげに笑った。

満腹になって腹ごなしに遊んで、程よく身体が温まったのだろう。美遥はとても眠そうだった。デスカーンの中が薄暗いこともあってか、こっくりこっくりと舟を漕いでいる。そんな美遥を抱えたまま身動きが取れないデスカーンを見かねて、シンボラーがそっと美遥を抱き上げた。原型になって小さな寝息を立てている彼を、大きく鮮やかな翼で包み込む。

『ううん……まだ遊びたいぞお……』

寝言なのか、ほんの少しだけ目が覚めたのか。それはわからないけれど、目を開けないあたり、今度こそ眠り込んでしまったらしい。
そうだよね、まだ、遊び足りないよね。

さながら雛鳥を見守る親鳥のような光景を、しっかりと目に焼き付けて、踵を返した。

「リサ、美遥は?」

出発の準備を整えて歩き出そうとしたわたしの手を、琳太が後ろに引く。朝焼けを幾重にも塗り重ねたような瞳には、非難も困惑も浮かんでいない。ただ、純粋な疑問がそこにはあった。

「美遥はね、……ここで暮らした方がいいと思ったの」

遺跡荒らしの男と対峙したとき、美遥はずっと震えてわたしやはなちゃんの足元を離れようとしなかった。とても、とても、怖かっただろう。ほんの少ししか一緒にいられなかったけれど、その旅路の全てが彼にとって真新しくて、新鮮で、そして害のないものばかりだったから。

ここにはわたしよりもずっとずっと頼りになって、遊んでくれる相手がたくさんいる。それに、シンボラーたちには遺跡を守るお役目があるし、そこに新しく仲間が加わるのはいいことだ。もともとシンボラーは、仲間を増やす目的があって、美遥を化石から復元したのだから。わたしはただ、ここまで美遥を届けに来たに過ぎない。

「俺には捨てちまったように見えんだけど」
「ちがうよ!」

はなちゃんの咎めるような鋭い目つきが、痛い。
ちがうの。捨てるんじゃない。“捨てる”のは美遥のことじゃなくて。預かったから、もとの場所に返すだけ。このタマゴだっていつか生まれてきたら、またここに帰ってもらうんだ。

「だって美遥は、ここの仲間で、わたしはシンボラーから預かっただけだから、」

ついて来て、だなんて言えないよ。それこそわたしはシンボラーから預かった責任その全てを背負わなくてはならなくなる。
もし、もしも、美遥をわたしが連れて行ってしまったとして。また遺跡荒らしが現れて、その時、大きく成長した美遥がいれば追い払えたかもしれないのに、なんて状況になったら。美遥もわたしも、悔やんでも悔やみきれないだろう。シンボラーたちは、美遥を連れ出したわたしを恨めしく思うだろう。

お金じゃ償えないものが、ここにはたくさんある。奪われたものがあったならば、わたしの一生をかけての償いでも、きっと全然足りないだろう。

一歩、また一歩と踏み出した足は止まらなくて、どんどん歩調は速まっていく。立ち止まったら、もう二度と歩けないような気がしたのだ。

言い訳かもしれない。結局、重たい責任を取りたくなくて、逃げているだけかもしれない。でも、でも。あのときわたしの足元で震えていた美遥を見たら、やっぱりわたしじゃ守り切れないんだって思った。
プラズマ団にはもしかしたら、もう目を付けられているかもしれない。そんな中で、敵の影におびえた美遥を連れ回すことなんてできない。この遺跡でたくさんの仲間たちに囲まれて暮らした方が、ずっと安全で、ずっと楽しいに決まっている。わたしだって気が楽だ。でも、楽だと思ってしまう自分がいることが、嫌だ。美遥をお荷物みたいに考えているみたいでいやだ。

……「みたい」じゃなくて、本当にそうなんだろ。捨てたんだろ。見えない誰かの言葉が頭に響いて、しゃがみこんでしまいたくなった。膝を折って、耳を塞いで、もう何も見たくない。

「リサさんは結局、何を“捨てた”の?」
「わかんない……わかんないよ……」

ほんの少しだけ振り向くと、シンボラーが羽を柔らかく振っていた。それがおいでおいでと引き留めているのか、それともさよならの代わりなのかは、わからなかった。
どっちにしろ、振り向かなければ良かったと、思った。




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