後ろ手の目隠し‐02 

捨てる、とは。もう旅をやめること?美遥を預かっているという認識を捨てること?タマゴを預からないこと?
消化不良を起こしたまま九十九を見つめていれば、ゆっくりと彼は口を開いた。

「ぼくたちを捨てて家に帰ってもいいってわけじゃ、なくて。さすがにそれは、みんな嫌だと思うだろうし、ぼくだってそうだから。……そうじゃなくて、無理して重たいものは持たなくていいってことが言いたかったんだ」

ひとつの石ころは持てても、何十、何百とそれが入った麻袋は持ち上げられない。一本の木の枝は折れても、3本束になれば折ることが出来ない。
それでも持って行きたいのならば、少しずつ持って行けばいい。折りたいのなら、1本ずつ折ればいい。残りはそこに“捨てて”おいて、また後から、抱え込めるようになったその時に、拾いに行けばいい。抱え込めないのなら、捨ててしまえ。

「ぼくは臆病で、トレーナーのポケモンなのにバトルすら満足にできなかった。バトルすることを“捨てていた”。でも、旅をすることは出来たし、何よりリサさんたちが、ぼくがそうあることを認めてくれた。捨ててもいいと許してくれた。そうしたら、まだ怖いけれど、ぼくはバトルができるようになった。ちゃんと後から拾いに行けた」
「……拾えなかったら?」

励まそうとしてくれているのに、こんなことを言うのは捻くれていると思う。でも、そう言わずにはいられなかった。九十九は少し驚いた顔をして、そうだね、と小さくつぶやく。

「拾えないなら、きっと他の誰かが拾ってくれるはず。だって、ぼくがバトル出来なかった間は、琳太と英さんがバトルというものを“拾って”いて、くれたから。ぼくは後から、彼らが持ってくれていた自分の取り分を拾ったんだと、思う」
「……誰かが、拾ってくれるかなあ」

旅をしていて感じる不安はわたしのもので、美遥とタマゴを任されたのもわたしで。それなのに、わたし以外の誰かにそれを持っていてもらっても、いいのだろうか。

「もし誰も拾ってくれなくても、ぼくたちが怒るように、見える?怠慢だって詰ると思う?少なくとも、ぼくがそれをリサさんにすることはできない。ぼくだって一度は捨てた身だから」

旅を投げ出したいとは思っていないし、美遥のことも、タマゴのことも、これから一緒に旅をするという点でなら、とても楽しみだ。ジムバッジを集めて、ポケモンバトルもうまくなれば、世界はもっと広がるだろう。美遥は新鮮な驚きをいつも見せてくれて、見ているこちらまでみずみずしい気持ちにさせてくれる。タマゴも、生まれてきてくれたらどんなに嬉しいことだろう。わたしたちだけでなく、シンボラーたちもきっと、絶対に、喜んで、祝福してくれる。

九十九は、自分一人でバトルができるようになったわけではない。はなちゃんに背中を押されて、必要に迫られるような状況になって、初めて向き合おうとしたのだ。決して、積極的に克服したわけではない。でも、あそこで九十九は“捨てたままでいる”という判断だってできたはずなのだ。それでもモンスターボールから飛びだしたのは、自分の意思で、前に踏み出すことを決めたから。

しばらくの間、無言の時が流れる。ここは外の風の音も人々のざわめきからも隔絶されていて、本当に物音ひとつしない。時折、ぱちぱちと焚き木が燃えて音を立てているだけだ。火が燃えているのに苦しくならないから、きっとどこかに通気口の類くらいはあるのだろう。

わたしも九十九も何も言わないままだけれど、居心地の悪さは感じなかった。むしろ、まったりとしたまだ目覚めきっていない空気が心地よい。思わず二度寝してしまいそうだ。自分のひざを抱きかかえながら、そこに顎を乗せて目を閉じた。


シンボラーが帰って来るまで、結局何も話さなかった。どうやら朝食を調達してきてくれたらしい。彼の抱えたかごに色とりどりの木の実が入っている。九十九は自然な流れでシンボラーの手伝いをするために立ち上がっており、もうこちらを見てはいない。
手持無沙汰なのも気が引けるので、琳太たちを起こしに行くことにした。

「はなちゃん、おはよ」
「ああ」

彼はわたしが近づいたときにはすでに目を開けており、ちょうど目が覚めたといった風だった。琳太は擬人化した状態のままぐっすりと眠っており、そのお腹には美遥が頭を乗せていた。ゆすっても声を掛けても、起きる気配がない。これは長丁場になりそうだと思って、助っ人を募るべくはなちゃんの方を見る。
くあ、と欠伸をしたはなちゃんのせいで、わたしもついつい欠伸をしてしまった。

「……ふふ、」

笑ったら怒られるかと思ったけれど、はなちゃんは意外そうな表情をしているだけだった。

「お前、なんか……軽くなったな」
「え?」
「雰囲気みたいなのが。うまく言えねえけ、ど!」
『んお!?』

言葉を言い終わるその瞬間に、勢いよく美遥を持ち上げたはなちゃん。その衝撃で美遥は勿論のこと、琳太もうっすらと目を開いた。

「琳太、おはよう」
「んー……?ん」

仰向けに寝転がったまま、しゃがみこんだわたしの頬を突き出した両手で挟んで、琳太はぱちくりとまばたきをしたのだった。




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