金色の海に溺れる‐09 

結局この日はシンボラーたちの住みかで夜を過ごすことになった。住みかといっても地下の奥にある部屋のことなのだけれども。それは、祭壇のある部屋のすぐ隣にあった。普段は交代で見張りを立てて、詮索好きな人間たちの目から逃れているのだという。

わたしがなりゆきで遺跡荒らしからタマゴを取り返す手伝いをしたこと、わたしが連れて行けばタマゴが孵化するかもしれないことは、シンボラーやわたしたちと遊んでくれたデスカーンから伝わったらしい。
古代の城の地下で暮らしているポケモンたちは、はじめこそ遠巻きにわたしたちを眺めていたものの、やがて好奇心からか近くまでやって来てくれるようになった。

気絶した件の男が入ったデスカーンは、遺跡の外に男を放置してきた後、身軽になった身体に、今度は琳太と美遥を入れて遊んでいた。美遥は怖がって叫んでいたが、琳太はといえば、とても楽しそうだった。もともと洞窟暮らしだったから、暗闇には耐性があるのだろう。

デスカーンたちは悪戯好きのようで、最初に比べると随分遠慮がなくなっている。今は九十九を影に引きずり込もうと頑張っているが、九十九も全力で抵抗していた。
しゃんしゃんと音の鳴るデスカーンはいつの間にかその輪に加わっていて、楽しんでいるようだ。あの音も、もしかしたら彼が持っている宝物の音なのかもしれない。

「……元気だな」
「そう、だね」

倒れた柱に腰を下ろしたはなちゃんが、ぽつりとつぶやいた。きずぐすりを吹きかけた身体は、うっすらと傷跡が見える程度にまで回復している。
肌寒いこの地下という空間では、はなちゃんのクロークがかなりありがたい。当の本人はタンクトップ姿だから、寒くないのかが気になるところだけれど。でもきっと、大丈夫かと訊けば大丈夫だとぶっきらぼうに返してくるはずだ。なんだかんだで面倒見の良いお兄さんのような人だから。

「お前、本当にもうどこも怪我してねえんだな?」

ほら、やっぱり。
男にナイフで切り付けられたところは、消毒して絆創膏やガーゼを当ててある。服の下の部分のことだから恥ずかしくて、誰にも任せられなかったけれど、なんとか治療らしきことは出来たはず、だ。
心配性だなあと笑って、はなちゃんの前でくるりと回ってみせる。真っ白なクロークが翻った。

「ほら、どこも怪我してないでしょ?」
「服で見えねえよ」

だからといって脱ぐわけにもいかないのだけれど。はなちゃんもそこまでして確かめようという気はさすがに起きないらしい。
調子に乗ってもう一周回ろうとしたとき、つきりと足首が痛んだ。目敏くはなちゃんが見とがめて、気まずい気持ちのまま、彼の隣に腰掛けて、靴下を脱いだ。

「う、わ、」

何かの呪いのように、赤黒く手のかたちが足首にはりついていた。男がわたしを放すまいとして掴んだときのものだろう。

「……お前、よくこんなに掴まれておいて逃げられたな」
「うん、わたしもびっくりしてる」

痛みよりもはるかに、どうして逃げ出せたのだろうという驚きの方が大きい。男は始終わたしの足を掴んでいて、放す気配がなかったのに。まるですり抜けたみたいじゃないか。そう冗談交じりにこぼしてみたら、はなちゃんの目は笑っていなかった。

「……本当かもな」
「え?わたし死んでるってこと!?」
「どうしてそうなるんだよ。お前、だって半分は……」

その先を、はなちゃんは言わなかった。そばにシンボラーがいたからだ。不用意に大声で話していいことではないと思ったのだろう。
……そうだ、わたしは半分、ポケモンだ。それも、ゴーストタイプの血を引いた。だから、あのとき人間の手をすり抜けるようなことが起きていたとしても、何ら不思議じゃないのかもしれない。
でも、それならどうして今までにはそういうことが起きなかったのだろう。アーティさんはわたしの身体を抱えることが出来たし、わたしのけがを看てくれたジョーイさんだって、わたしの腕に触れていた。お母さんだって、友達だって。幾度となく手が触れて、身体がぶつかっているはずなのに。

「こっちに馴染んでる、のかな……」

この世界のモノを食べ、この世界のモノに触れ、この世界で息をする。そうして少しずつ、わたしはこの世界の一部として取り込まれているのかもしれない。その過程で、じわりじわりと、わたしの中のポケモンの血が目覚めつつある、のかな。そう考えると、納得できるような気がした。けれど同時に、不安になりもした。

結局わたしは、どっち側なのだろう。

サツキはポケモンになれる。だから、“ポケモン”だと言える。でも、わたしは?わたしは、ポケモンになれるわけでも、技が使えるわけでもない。ならば人間かと言われると、そうとも言いづらい。ポケモンの言葉がわかって、ところどころ不思議な体質を抱えていて、普通の人間とは違うのだ。

急に黙り込んだ私を心配したのか、そっとはなちゃんがわたしの顔を覗きこんできた。かと思うと、さらにひょっこりと琳太も輪の中から抜けて、わたしのところへやって来た。

「リサ、疲れた?」
「……うん、そう、そうだね……少し、疲れたかな」

色々あって、疲れちゃった。
しゃんしゃんしゃん、という音が近づいて、目の前で止まる。デスカーンが再び自分の身体を開けたかと思うと、何か小さなものを差し出してきた。先ほどもらった真珠よりもひと回り小さく、赤い紐が括り付けられている。手のひらにそれが乗せられたとき、涼やかな音が、より一層曇りなく響いた。

「鈴……?」

紐を持って軽く揺らすと、しゃらりと音が鳴る。そして、ひらひらと手を振って、デスカーンはわたしの足元へと消えてしまった。それを皮切りに、次々と遺跡のポケモンたちは帰っていく。各々の寝床へ向かうのだろうか。

聞けば聞くほど、この鈴の音がわたしを慰めてくれているような気がした。しばらくそれをいじっていたら、いつの間にかわたしの膝に頭を乗せて、琳太がぐっすりと眠っていた。琳太だって、疲れたのだろう。はなちゃんの腕の中では美遥が眠っていて、迷惑そうにしながらも、はなちゃんのはそっと美遥を抱え直していた。

寝床の用意をしてくれていたシンボラーが声をかけてくるまでずっと、わたしたちは鈴の音を子守歌に、ぼんやりとまどろむひと時を過ごしていた。


14. 金色の海に溺れる Fin.



back/しおりを挟む
- ナノ -