後ろ手の目隠し‐01 

やっぱりあんたに預けてよかったねえ。しんみりとしたシンボラーの言葉が染み入って、寝起きの頭にゆっくりとあたたかく溶け込んでいく。

砂漠の夜、地下深くはひどく冷え込んでいたけれど、シンボラーたちが普段寝床にしている場所には干した草を分厚く積んだベッドがあり、なんとか石畳の上で眠ることは避けられた。それに、原型に戻ったシンボラーの羽が布団のように覆い被さってくれたのだけれど、その暖かいこと!本物の羽毛布団に感動する間もなく、わたしはぐっすりと眠ってしまったのだった。

身体中に鈍い痛みを感じながらも、頭はすっきりと冴えていた。ゆっくり起き上がって、すでに立ち上がっているシンボラーと目が合う。ゆるっと細められた瞳に挨拶すれば、同じ言葉が返ってきた。

「あの、前にも聞いたんですけど……」
「そうだった。あの時は邪魔が入ったけえ、ちゃんと話せてなかったんじゃったね」

ふかふかの干し草に腰を下ろし、シンボラーが薪を組み始めた。
手持無沙汰だったので何か手伝おうとしたが、結局することもなく、寝ぼけた目を擦ったあとは、干し草へと手を置いた。後ろ手に身体を支え、楽な姿勢で座る。そうしてシンボラーがちびちびと薪をいじっている様子を、眺めていた。

「はじめは復元させた後、ここまで連れて来ようって思っとってよ。じゃけどな、時間がかかると言われたけえ、一旦遺跡まで帰って、しばらくしてから引き取りに行く予定でおった。遺跡の見回りを抜けてきたけえね。……その途中で、何やら騒がしいヤグルマの森を通りかかったんよ」

それはきっと、わたしとアーティさんがプラズマ団を追いかけていた時だ。あの時、わたしたちが戦っていた様子を、シンボラーさんは見ていたのだろうか。

「小さい子たちがようけ頑張ってるのを見て、応援したくなってなあ……。少しだけ手伝わせてもらったんじゃけど、その時に思ったんよ。やっぱり、可愛い子には旅をさせよ、ってな」
『あ、あの、手伝ったって、』

そう言ったのは、わたしではなく九十九だった。いつのまに起きていたのだろう。ごろりと寝返りをうった琳太をうまくかわして、静かな足取りでわたしたちの傍までやって来る。
九十九を見て、ああ、とシンボラーが小さく声を漏らす。

「ちゃんと見とったよ、あんたが頑張っとったところ」
『じゃあ、あの風って……!』

風、と聞いて、頭の中で絡まっていた糸がするりするりとほどけていった。
九十九が進化したあの時、わたしは九十九と一緒に戦うために、必死に図鑑を探していたのだ。その隙をつくように向かってきたミネズミは、なぜかそのまま突っ込んでこなかった。確か、突風が吹いたんだっけ。だからわたしは、つぎはぎながらも九十九に指示が出せた。
あの時は目の前のことで精一杯だったから不思議に思う余裕なんてなかったけれど、よくよく思い返してみると、あんなに都合よく風が吹くなんてありえない。

ゆるっと微笑んでいるシンボラーの顔を見ればわかる。あの時助けてくれたのは、彼なのだ。

「ああやって人とポケモンが一緒に頑張ってるのを見てな、素直にええなあ、って思ったんよ。あんたになら、任せてもええかな、あの子にも、色んなものを見て欲しい、って」

わたしはシンボラーの言葉をうれしいと思う半面、かすかな不甲斐なさを感じてもいた。何とか無事にリゾートデザートまでは来れたものの、ヤグルマの森での戦いは圧倒的な勝利ではなかったし、負けていてもおかしくなかった。昨日の遺跡荒らしの男との戦いだって、わたしだけではどうにもならなかった。
わたしはそうやって、「任せてもええかな」と言ってもらえるほど強くはないのだ。

「そんなに深刻そうな顔せんでええんよ?あんたはよう頑張っとる」

でも、でも。この人は、シンボラーは、2度もわたしが諦めかけているところを見たのだ。負けそうになって、何もかも投げ出したくなっている、情けない姿ばかり、わたしは見られているのだ。

頑張っていない、怠けている、といえば嘘になるけれど、精一杯頑張っているかと問われれば、首を縦には振れない。どこからが精一杯で、どこまでがそうでもない、ほどほどのところなのだろう。
手放しで喜べない後ろめたさと、諦めかけた事実がある時点で、わたしはわたしを“頑張っている”と認められなかった。

隣でおろおろしている九十九を見て、心配させてしまっていることに、また申し訳なさを感じる。後ろ向きな感情ばかり出てくるのは、朝陽を浴びられない地下だから、なのだろうか。

ぱちぱちと小さな音を立てて燃えはじめた焚き木に手を当てながら、溜め込んでいた息を吐いた。
結局、九十九は何も言わずにわたしの傍で、同じようにして暖を取っている。水タイプでも寒いときは寒いらしい。するりと人のかたちを取った彼は、シンボラーがわたしたちに火の番を任せてどこかへ行ってしまったのを確認してから、口を開いた。

「……怖い、ですか?」
「え?」
「いや、その、勘違いだったら、ごめんなさい。リサさん、抱えきれないほど大きなものを、無理して抱え込もうとしているような気がしたから」
「……」

それは、この先の旅への漠然とした不安だったり、美遥を任せられると信頼されていたことの重みだったり、貴重で神聖とされるポケモンのタマゴを預かる責任感であったり。
続けられた九十九のその言葉は、どれもこれもがわたしの不安を言い当てたものだった。

「わたし、どうにか、できるのかな……」
「抱え込めないものは、捨ててしまっていいと思う」

震えた、情けない声を吐き出したわたしに、九十九はちょっとだけ笑ってそう言った。




back/しおりを挟む
- ナノ -