金色の海に溺れる‐08 

シンボラーに連れて来られたのは、地下の最奥部と思しき場所だった。色味の違う石畳が、道しるべのようにまっすぐと伸びている。その先には祭壇のようなものがあり、一枚の壁画が掛けられていた。

「かつて、このイッシュ地方は太陽を奪われたことがあると、言われとるんよ」

それはおそらく、火山噴火によるもの。噴き出した大量の火山灰が、空を覆い、太陽の光を遮った。植物は萎れ、生き物たちの心も暗く沈んだ。そんなとき、1匹のポケモンが天空へと羽ばたき、太陽のような輝きと熱を地上に余すことなく与えたのだという。太陽としての役目を終えてからも、そのポケモンは崇められ、祭壇に祀られるようになった。

「そして、その子孫がこのタマゴなんよ」

……なんだかとんでもないポケモンのタマゴを預かることになってしまった。いや、ポケモンの中に階級があるのかどうかなんてわたしにはわからないし、珍しさで区別するのは気が引けるのだけれど。それにしたって、あまりに度が過ぎていやしないか。偉大な、太陽としてあがめられたポケモンのタマゴだなんて。

「わたしが受け取っても、いい、のかな……」
「わしはあんたに……いや、わしが、じゃない。そのポケモンが、あんたを選んだんよ」
「わたしを、選んだ、」
「それにあんたなら、話しやすいけえねえ」

わかるんじゃな、ポケモンの言葉が。
そう言われて、先ほどの出来事の中、違和感を覚えたシーンを思い出す。シンボラーが驚いていた、あの時。わたしは彼の言うことに従って、はなちゃんをボールへと戻した。偶然というにはあまりに奇妙なタイミングで、これはもう、言い訳の仕様がない。
それに、タマゴが奪われたという話をメグロコがしていた時、わたしはあっさりと手伝いを申し出た。どうして彼らが焦っているのか、普通ならわからないはずなのに。

「ちょっと色々あって、ですね……」

ここにいるシンボラーたちは悪い人たちではないと分かっているし、状況が状況だったから仕方のないことだ。ばれたところで困りはしないだろう。曖昧に笑ったわたしを、それ以上にシンボラーさんが追及してくることはなかった。

歓声が聞こえて反射的に振り向くと、黒い影が形作った手たちに胴上げされている琳太たちがいた。その中には九十九も混じっていたのだけれど、彼だけは歓声ではなく小さな悲鳴を上げていた。

「はなちゃんはいいの?」
「あ?」
「ごめんなさい」

ぎろり、はなちゃんがわたしを睨む。シママがこわいかおを覚えるかは知らないけれど、十分にわざとして通用しそうだ。
それにしてもあの影は、どんなポケモンなのだろうか。影の主が気になっていたところ、わあわあと騒いでいる集団の影から、ずるりと大きなポケモンが姿を現した。2対の手をぐにゃぐにゃと揺らしながら、こちらへと近づいてくる。それと同時に、かすかに涼やかな音が鳴る。それが何故だか心地いい。しかし、そのポケモンの姿は、生き物というよりはどちらかというと物体に近く、また、心地よさよりも仄かな不気味さを感じさせるものであった。

《デスカーン。かんおけポケモン》

ポケモン図鑑に名前を呼ばれたデスカーンが、歯を見せて笑う。皮肉っぽい、斜に構えたような笑みだ。名前の響きはとても怖いけれど、恐怖は感じない。

「あなたたちが、助けてくれたんだよね。ありがとう」

礼を言うと、デスカーンはきょとんとした顔になった。人間と話すのは初めてなのだろうか。しばらくぱたぱたと手を振っていたデスカーンだったが、やがて、悪戯っぽい笑みを顔に張り付けた。ちょいちょい、とわたしに向かって手招きしてくる。空いた手が、デスカーンの身体……棺の蓋に、掛けられた。しゃらん、また心をくすぐる音がする。

「うわ、あ……!」

金、銀、煌めく極彩色。どこで拾ったのだろうか、真珠のネックレスや銀と思しき貴金属でできた髪飾り、それから小さなトロフィー等々。どうやって手に入れたのだろうか、あふれんばかりの宝物が、そこには詰め込まれていた。そこにごそごそと1本の手を入れて、何かを探りだしてから、ぱたりと棺は閉じられる。きっとデスカーンの大切なコレクションなのだろう。

「くれるの?」

両手を差し出せば、ごろりと大きな傷一つない真珠が乗っていた。きっと、とても高価なものなのだろう。それを置いてから、デスカーンは満足そうに笑った。

『それで服でも買うといいぞ!』
「うん、ありがとう」
『!?』

わたしが普通に言葉を返したことでびっくりしているデスカーンの影を利用して、もう1匹、デスカーンが現れた。最初のデスカーンと同じように、わたしを手招く。そして棺がほんのわずかに開けられた。

「え!?」

今度はわたしがびっくりする番だった。そこにいたのは、情けない表情で気絶している例の男だったのだ。確かにこっちの方が、棺本来の役目だとは言えるけれど……。もしかしてこのまま永眠してもらうのだろうか。……考えるのはよそう。

そしておもむろに、はじめからいた方のデスカーンが後から来た方へと耳打ちをする。にやりと笑って話すデスカーンに、それを聞いて同じような笑みを浮かべるデスカーン。2匹そろってこちらを向いたかと思うと、影の中へと消えていった。

『どっちに宝物が入ってるか、当てられたらもう1個プレゼントだ!』

影の中から声がして、まもなくにゅるりとデスカーンたちが姿を現した。正直言って、全く見分けがつかない。同じように笑って、同じようにゆらゆらと手を遊ばせている。けれど、かすかに音がするのは最初にやって来たデスカーンだけだった。……これは黙っておこう。
わたしが何度やっても面白いくらいに当ててしまうものだから、デスカーンたちはずっと不思議そうな顔をしている。わたしが種明かししたら彼らは大笑いして、たくさんの宝石を差し出そうとしてくれたけれど、流石にそれはお断りしておいた。




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